白髪を科学する(4)病気の治療薬で「毛髪の再着色化」が報告されている

回復条件は複雑
回復条件は複雑

 白髪を治す薬剤は今後も期待できないのか? 資生堂リサーチセンター(研究所)で主に薄毛、白髪の研究に携わってきた日本毛髪科学協会役員の出田立郎氏が言う。

「現時点でできていない理由は、①白髪は病気でなくカラーリングで解決できるため専門家が少ない、②研究費が莫大、③開発に成功しても白髪を元に戻す効果は薬機法上の医薬外部品で定められた育毛剤や脱毛症治療薬の領域外なので販売が難しい、などが挙げられます」

 また、色素細胞は体中に分布しており、髪の毛の色素細胞に作用する薬剤を作ると、それ以外の色素細胞が暴走してがん化する懸念もある。

 では可能性がゼロかといえば、そうではないという。

「元の髪色に戻る現象を『HR』(Hair Repigmentation=毛髪の再着色化)と言いますが、前回もお話しした通り、近年の症例報告からHRへの方向性はある程度わかりつつあります」

 たとえば、ビタミンB12の欠乏は手足のピリピリ感や感覚消失などの神経症状と共に白髪が認められるが、治療薬によるHRが複数報告されている。

 また、パーキンソン病の74歳男性は、メラニン色素合成にも関係する治療薬の投与で総白髪がごま塩にまで回復した。がんの免疫チェックポイント阻害剤や抗がん剤によるHR報告も複数ある。

「HRの仕組みは複雑なため、特定薬剤だけが寄与したとは言えません。ただ、現時点でHRの薬剤作用機序は2つ考えられます。ひとつはヘアサイクルの回復に伴い毛髪色素細胞のサイクルも復活したケースです。抗がん剤治療後のHRがその例です。抗がん剤は副作用で脱毛することが多い。治療後ヘアサイクルが正常に戻る際に、メラニン合成サイクルも刺激され、活性化する可能性があります」

 もうひとつは色素細胞に直接作用してメラニン合成系を高めるケース。パーキンソン病治療での症例がそれにあたる。

「白髪の大半は色素細胞がないとされますが、そうでない人がいて、薬剤の刺激によりメラニン合成が再開してHRとなるとも考えられます。皮膚の色素細胞が毛包に遊走し、脱分化して幹細胞として定着する可能性もあります。いまはHRが臨床上重要視されず、報告事例は少数。しかも白髪の回復条件は非常に複雑です。それらが改善され、研究が続けば、いずれ白髪治療は可能になると思います」 (おわり)

▽出田立郎(いでた・りつろう)資生堂美容技術専門学校非常勤講師、日本臨床毛髪学会監事、日本色素細胞学会評議員、日本毛髪科学協会役員。東京大学大学院卒(理学博士)。1988年資生堂入社。リサーチセンター(研究所)で主に薄毛、白髪についての研究開発に携わる。2019年同社を退社。現在に至る。

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