医療数字のカラクリ

ばらつきの重要性

 これまで平均や中央値、パーセルタイルについて説明してきましたが、今年8月の東京都のある市の気温は、それらを理解するのにもってこいの数字でした。そこで今回は、気温を使って3者の関係を改めて紹介します。

 この市の8月の最高気温の平均は30.6度、中央値は31.5度でした。しかし、実際30度台だったのは8月13日の1日のみで、平均気温がぴったりの日なんてほとんどないことがわかりました。

 それに対して中央値が示す、31度台の日は5日間ありました。平均値より中央値の方が全体をよりわかりやすく表しているわけです。しかし、それでも31度台は8月のうち5日間しかありません。

 この市の気温のデータをもう少し詳しく見てみましょう。最高値は37.6度、最低値が20.3度でした。その差は17度以上もあり、8月の気温は広くばらついていることがわかります。8月中のかなりの日は、平均よりはるかに高い気温だったり低い気温だったりしたわけです。

 このばらつきを示す指標に「標準偏差」という指標があります。これが大きければ大きいほどデータのばらつきが大きいということになります。

 計算式は省きますが、この市の8月の最高気温の標準偏差は「5」と計算されます。平均値よりこれの2倍の10を超えるような時はほとんどないと考えられます。実際に最高気温の平均30.6度より10度高い、あるいは10度低いという日はありませんでした。

 ここで、インフルエンザの治癒期間の平均と標準偏差を論文結果から見てみましょう。治癒期間の平均日数は7日、標準偏差は6.5日です。つまり標準偏差の2倍が13日ですから、「7+13=20日を超えて治らない人はほとんどいないが、すぐ治ってしまう人は案外いるかもしれない」ということが推測されるのです。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。