「ディオバン事件」からはや2年、忘れてしまった方が多いかもしれません。「ディオバン」という血圧を下げる薬の効果を検討するに当たり、日本人を対象とした研究データの捏造が明らかになった事件です。
この事件発覚の発端のひとつは、データのばらつきを示す「標準偏差」の値の異常な大きさが指摘されたことでした。
問題となったのは、研究に参加した患者のカリウムの値です。ディオバンを飲むことになったグループの平均値は4.5で、標準偏差が2.2となっていますが、標準偏差の概念がわかっていれば、この値が異常であることはすぐにピンときます。
この異常値が論文の再点検につながり、いろいろな問題があぶり出されるきっかけになったのです。
カリウムの値は3.5から5の間に、ほとんどの人が入ります。前回指摘したように、標準偏差の2倍を超える人はあまりいませんが、1倍を超える人は20%くらいいることがわかっています。
この平均値と標準偏差からすると、論文では「平均値4.5より2.2くらい高い、つまり6を超えるような人が20%いる」ことになります。これは大変です。そんなにカリウムの高い人をそのまま研究に参加させるわけにはいかないからです。
つまり、この論文のカリウムの標準偏差の値は実際に測定されたものとは異なっており、故意か否かは別にして、明らかに間違っているということです。
そもそもカリウムの標準偏差は本来、0.2とか0.3とかいう値で、2を超えるということはありません。これは、標準偏差を眺めるだけでも、論文の捏造発見のきっかけになるかもしれないという大きな教訓です。肝に銘じたいものです。
▽名郷直樹(なごう・なおき) 「武蔵国分寺公園クリニック」院長、「CMECジャーナルクラブ」編集長。自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、東大医学教育国際協力研究センター学外客員研究員。臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「『健康第一』は間違っている」など。
医療数字のカラクリ