1歳未満の乳児にも解禁 タミフルはいつ安全になったのか

ついに1歳未満の乳児も解禁
ついに1歳未満の乳児も解禁(C)ロイター

 先週報じられた「1歳未満の乳児へのインフルエンザ治療薬・タミフル解禁」に驚いた人も多いのではないか? 服薬後にマンションから飛び降りるなどの異常行動が目立つとして、2007年から10代への投与が原則禁忌になっていたはず。なのに、なぜ、乳児へのタミフル投与が解禁されたのか? タミフルはいつ安全になったのか?

「いまはインフルエンザに感染した乳児に対して、対症療法以外に有効な治療手段がほとんどありません。その状況を変えるため、海外で安全性が確認されているタミフルの使用を要請したのです」

 こう言うのは「日本小児感染症学会」の理事長で札幌医科大学医学部小児科学講座の堤裕幸教授だ。同会は日本感染症学会、日本未熟児新生児学会(現、日本新生児成育医学会)と共に、「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」にタミフルの乳児への使用承認を要望していた。今回の措置は、その要望に応えたものだ。

 背景にインフルエンザの合併症である「脳炎・脳症」がある。流行の規模により発生数は異なるが、1歳から5歳までの幼児を中心として毎年100~200人が発症し、約10~30%が死亡し、ほぼ同数の後遺症患者が出ていると推測されている。

 現在、抗インフルエンザ薬には内服薬の「タミフル」、吸入薬の「リレンザ」と「イナビル」、注射薬の「ラピアクタ」がある。効果には大差がなく、発症48時間以内に使えば90%の人は熱が下がるといわれているが、1歳未満にはラピアクタ以外認められていない。

「静脈ラインの確保が必要なラピアクタの使用は基本的に重症ケースに対して行われます。乳児は自力で吸入できないので吸入薬は使えません。軽症~中等症では内服薬のタミフルが使いやすいのです。日本ではタミフルの乳児への処方の国内臨床試験の結果はありません。しかし、厚労省の依頼で当会が行ったタミフルの乳児に対する使用実態調査でも問題はありませんでした。海外では乳児にもタミフル使用は奨励されています」(堤教授)

 実際、2012年12月に米国で乳児への使用は承認され、米国疾病対策センターのガイドラインでは乳児を含む小児への使用が推奨されている。欧州でも同様だという。

 乳児へのタミフル投与の海外臨床試験は大きいものが2つある。①米国16施設で行った、生後24カ月未満のインフルエンザ患者への試験と②スペイン、フランスなど6カ国11施設で行われた生後12カ月未満のインフルエンザ患者に対する試験だ。有害事象は①は87例中54例に起き、過敏症の1例を除いて薬との関連は否定された。②は薬との関係が否定しきれなかったものが65例中7例だった。

■保護者と相談のうえ処方を

 ちなみに欧米ではインフルエンザで病院に行っても安静を命じられるだけで、めったに薬を処方されることはないといわれる。そもそも脳症はインフルエンザウイルスに対する過剰な免疫反応が原因とされ、乳児は免疫力が強くないことが幸いし、症状は幼児と同じに見えても脳症が少ないといわれている。

 しかも、乳児は血液脳関門が成熟しておらず、薬が脳に移行する可能性を完全に否定しきれないのではないか、との心配もある。本当に日本で適用してよいのか?

「効能に明らかな人種差はないと考えられており、欧米で実績があるので問題ないと思います。そもそも1歳の幼児と生後11カ月の乳児とでは薬の吸収・分布・代謝・排泄に大きな違いはありません。日本でも、これまで少数例ですが幼児に投与して問題がなかったことが今回確認されました。今回、タミフル投与が必要と判断された乳児に対して、投与の道が開けたことは良かったと思います」(堤教授)

 母体からの移行抗体の存在や、感染の機会があまり多くないことで、乳児期前半はインフルエンザにかかりにくい。その意味では乳児でタミフルが必要となるケースはそれほど多くないという。

「更に乳児に対して、タミフルは医師がインフルエンザと診断した後に、両親と相談の上で慎重に投与されることになります」(堤教授)

 ただ、医学知識の乏しい若いお父さん、お母さんのなかにはわが子が少しでも熱が出るとタミフルの投与を懇願するケースも考えられる。小児科医は別の対処法も知っているだろうが、一般内科医だとタミフルだけに頼る可能性も高い。そうなると、不必要にタミフルが使われて耐性ができ、いざというときに効かなくなることも考えられる。

「その意味では今後とも保護者のインフルエンザについての知識・情報の集積と啓発が必要になるでしょうね」(堤教授)

■10代への原則禁忌は維持

 乳児へのタミフル解禁で気になるのは今年9月に示された最高裁判決の影響だ。タミフル服用後に転落死した中学生2人の遺族が独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」(PMDA)を相手に遺族一時金の不支給決定の取り消しを求めた訴訟で、最高裁は「異常行動はインフルエンザ自体によっても生じることがあり、タミフルとの因果関係を認めることはできない」として、上告を棄却した。

「裁判所はタミフル服用後の突然死や異常行動後の事故死について、多数の疫学調査や動物実験結果から立証されている事実をことごとく無視し、因果関係はない、インフルエンザのせい、との国の主張だけを認めました。裁判所には、タミフルのような複雑な科学の正誤は判断できません。ところが今回の判決で異常行動や突然死は、薬のせいでなくインフルエンザのせいと思い違いする医師は増えるでしょう。乳児は特に呼吸が止まって突然死する危険性が高いと言えます。乳児に使えるなら大丈夫と今後更にタミフルや解熱剤が使われ、問題が起きるのではないかと心配します。インフルエンザで異常行動が起きるといわれるのは、タミフル以外の薬剤でも異常行動が起きるからです」(医薬ビジランスセンター・薬のチェック代表の浜六郎医師)

 2007年に始まったタミフルの10代への原則禁忌は解除されていないことは覚えておこう。

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