天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

ドラマのようなコラボレーション手術は現実でも行われる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 今年1月、TBSの医療ドラマの総合医療監修を務めました。ドラマの中で、主人公の心臓外科医である木村拓哉さんが、元恋人で小児外科医の竹内結子さんの手術を行います。竹内さんが脳腫瘍に侵されていることが分かり、後遺症を残さないよう脳神経を傷つけずに腫瘍を切除することが求められます。そこで、心臓のバイパス手術を応用してまずは脳幹の血管にバイパスを作り、そこから脳外科医にバトンタッチして中脳腫瘍摘出術が行われるという展開でした。

 これはあくまでドラマの中の“お話”で、現実的ではありません。ただ、実際の現場でも、まるでドラマのような他科とのコラボレーション手術が行われるケースがあります。私も二十数年前、巨大脳動脈瘤があった40代の患者さんのコラボレーション手術を経験しました。

 動脈瘤の大きさは3~4センチで、いつ破裂してもおかしくない状態でした。脳外科医が開頭手術を行うにしても、通常の方法ではアプローチできません。動脈瘤に触れた途端、破裂して大出血する危険があるからです。しかも、動脈瘤をコントロールする血管の付け根が見えない状態でした。付け根が見えていれば、その部分をクランプすることで破裂しても出血を制御できますが、それは不可能でした。となると、仮に術中に破裂したらその時点で“アウト”ということになります。

 そこで、血液を体外循環させる人工心肺を使った「超低体温循環停止法」を併用することになりました。患者さんの体温を20度まで下げてから、人工心肺による血液の循環を一時的に停止した状態で手術を行う方法です。

 心臓は停止していて全身の血液の循環が止まっているので、動脈瘤が破裂しても大出血することはありません。脳も含めた人間の臓器は、血液の循環を停止してから40分程度なら深刻なダメージは受けません。われわれ心臓外科医が人工心肺をつないで循環をコントロールしている間に、脳外科医が動脈瘤の処置を行って手術は無事に成功しました。

■心臓とがんの同時手術も

 ただ、いまではこうしたコラボレーション手術は行われないでしょう。近年、カテーテルを使った血管内治療が進歩したことで、外科手術と置き換わっているからです。

 年間に1例あるかどうかという頻度ですが、いまでも行われる他科とのコラボレーション手術は、大動脈弁の弁置換術と、大腸がんの手術を同時に行うケースです。

 どちらも、手術そのものは2時間くらいで終わるシンプルなものなので、同時に手術することができます。もちろん、2つの手術をそれぞれ順番に行う方法でも問題ありませんが、まず心臓手術をしてから回復するのを待ち、改めて大腸がんを切除するとなると、患者さんの負担が大きくなってしまいます。

 また、患者さんに心臓病がある場合、がんを切除する外科医は手術をやりたがりません。術中術後のリスクが大きくなるからです。そのため、ならば同時に……というケースが多いのです。

 大動脈弁の弁置換術は人工心肺を使った開胸手術で、大腸がんの切除は開腹手術か内視鏡による腹腔鏡手術を行います。メスを入れる場所が心臓と腹部で違いますし、腹腔鏡であれば傷も小さくて済みます。以前は、2つの手術による傷が同時にできることに対する不安もありましたが、腹腔鏡の進歩によって創傷に関する心配はなくなりました。

 患者さんは、苦痛が少ない上に治り方の完成度が高いほど喜びます。治療の進歩によって行われなくなったコラボレーション手術もあれば、やりやすくなったコラボレーション手術もあるのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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