「真っ暗闇に突き落とされたような不安と孤独感」――。10年前の2007年2月、ステージⅢBという末期の「精巣がん」(睾丸がん)を告知された大久保淳一さん(53歳=東京・港区)は、当時をこう回想する。
精巣(睾丸)は、男性ホルモンの分泌と精子を作る臓器で、その精巣に発症する悪性腫瘍が「精巣がん」である。
原因はまだ不明とされ、発症は主に20代から30代という若い男性に多い。発症率が10万人に1~2人というまれな、がんだ。
がんを告知された当時、大久保さんはゴールドマン・サックス証券という大手外資系企業に勤務し、部長という要職に就いていた。42歳の働き盛り。趣味はマラソンである。
高校時代に陸上部に所属して以来、社会人になってからもアマチュアながら月に300キロ強のマラソン練習。毎年、北海道で開催される「サロマ湖100キロウルトラマラソン」に参加、4年連続で完走し、フルマラソンの記録が3時間半を切るという市民ランナーだった。
人一倍の強靱な体力を持つ一方で、健康にも留意して暴飲暴食を避け、年に1回の人間ドックも欠かしていない。
ところが、何の自覚症状もないまま、いきなり末期がんを告知されたのだ。
長年、マラソン走行のタイムと闘ってきたが、闘いにもうひとつ、壮絶ながん治療が加わることになる。
■「5年生存率は49%」
精巣がんの発見は長野県軽井沢町で家族(子ども2人)と旅行を楽しんでいたときのこと。大久保さんは早朝、ランニングに出た。2月の軽井沢は、まだ道が凍っている。足を滑らせて崖を転げ落ち、右足を骨折。靱帯も切った。
地元の病院で応急手当てを受け、病院を自宅から近い「東京慈恵会医科大学付属病院・整形外科」(東京・港区)に移した。
足の治療はほどなく終了したが、入院中、異変を感じた。
「病院内を車椅子で移動していましたが、体温37度がどうにも下がらない。理由が不明。また股間に触ると、片方の睾丸がビー玉のようにカチカチに固くなっていることを感じたのです」
超音波などの精密検査で、末期の「精巣がん」が見つかった。5年生存率は約49%である。
泌尿器科で約5時間に及ぶ「精巣摘出手術」を受けた。集中治療室から病室に移動し、一息ついた術後3日目に、担当医からこう告げられる。
「長い治療になります。どうなるかわかりませんけど……」
大久保さんの原発「精巣がん」は、大腸、肺、首の各リンパ節など全身に転移をしていたのだ。
頭の中で、「死」という言葉が何度も横切る。病室の壁に、笑顔を振りまいている小学校1年、3年というわが子の写真を、何枚も張りつけた――。
末期がんからの生還者たち