天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

ノロウイルスは心臓にも大きな負担をかける

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 これから本格的に「インフルエンザ」や「ノロウイルス」といったウイルス性疾患の季節が続きます。これらの感染症は若い世代がかかってもあまり重症化するケースは少なく死亡率も低いのですが、70歳以上の高齢者では死亡率がアップします。

 疑わしい症状が表れても、「自分は若いから大丈夫」などと軽く考えていると、高齢者にうつして深刻な事態を引き起こしかねません。ちょっとおかしいかもしれない……といった症状があれば、自己判断せずに医療機関にかかることをおすすめします。

 高齢者だけでなく、心臓に疾患を抱える人にとってもウイルス性疾患は大敵です。血圧や心拍数をアップさせるため心臓に大きな負担がかかることや、感染によって起こる炎症が心臓疾患の発症に関わっていると考えられています。インフルエンザは心臓発作の誘発率を倍増させるというデータがあることも、以前お話ししました。

■脱水が危ない

 ノロウイルスは激しい下痢や嘔吐が何日も続きます。そのため、特に脱水症状に注意する必要があります。心臓は脱水にめっぽう弱く、弱っている心臓ほど、体内の水分が不足すると血液を送り出す力が低下します。血液の粘度が上がって流れにくくなるため、ポンプである心臓はそれだけ大きな力が必要になり、負担が増大するのです。

 血液がドロドロになるため、血管が詰まりやすくなったり、血栓もできやすくなります。とりわけ、心臓手術を受けた後や不整脈治療のために抗凝固剤を飲んでいる人は、脱水を起こすとさらに血栓ができやすくなるため、注意してください。

 もともと心臓疾患を抱えている人はもちろん、脱水を引き起こすノロウイルスへの感染が誘因になり、心臓疾患を発症したり、突然死を招く可能性もあるといえます。それだけ、ノロウイルスによる脱水には注意する必要があるのです。

 当院でも、心臓の手術を控えて入院していた患者さんがノロウイルスに感染し、1週間ほど手術を延期したケースがあります。

 当然のことですが、そのまま手術すると合併症を起こすリスクが高いからです。その患者さんに対しては、感染を拡大させない対処をして、脱水にならないように細心の注意を払い、ウイルスが完全に排出されるまで待ちました。

 また、私自身もノロウイルスに感染して予定していた手術を取りやめた経験があります。これまで35年以上、心臓外科医をやってきて、手術を回避したのはノロウイルスに感染した時と、尿管結石になった時の2回だけです。

 ノロウイルスによる下痢と嘔吐は想像以上にひどいもので、完全に寝込みました。判断力にも問題が出るような状態で、あれでは患者さんに対してベストな医療を提供できるはずもありませんでした。それくらい、きつい症状に見舞われました。

 ノロウイルスは、ウイルスを保有しているカキや貝類を加熱せずに食べたことによって感染しますが、それ以上の感染ルートがあります。半数以上は、感染者が十分に手を洗わずに調理した食品を食べたり、感染者の吐瀉物や糞便を処理した際に感染しているのです。また、ノロウイルスは感染力が強く、10~100個ほど口に入っただけで感染します。しかも、冬場は1週間以上も生き続けるケースもあり、感染者は、症状が消えてもしばらくはウイルスを排出するといわれています。感染を拡大させないためにも、おかしいなと思ったら放置せず、すぐに医療機関にかかりましょう。自分だけの目線で考えてはいけません。

 ウイルスなので抗生物質が効かず、有効なワクチンも開発されていません。アルコール消毒も効かないので、予防のためには、石鹸を使った30秒以上の手洗いでウイルスを洗い流すことを心がけてください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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