気鋭の医師 注目の医療

溶かした便を直接移植して腸内細菌叢のバランスを改善

石川大准教授(右)
石川大准教授(右)(提供写真)
石川大准教授 順天堂大学医学部附属順天堂医院・消化器内科(東京都・文京区)

 国内患者数が毎年約1万人増加し、19万人以上の患者がいる「潰瘍性大腸炎」。原因不明で激しい下痢や腹痛を引き起こす。

 完治する治療法がない難病だ。新薬の登場で症状をコントロールする治療効果は飛躍的に向上したが、無効例や強い副作用で治療が続けられない患者もいる。そこで新たな治療選択肢として、いくつもの大学で臨床研究が進められているのが「便移植療法(FMT)」である。

 同院は、2014年6月から臨床研究を始め、これまで130人以上の患者と約70人のドナーが参加している。どんな治療法なのか。同院の腸内細菌研究グループを主導する石川大准教授が言う。

「FMTは、一般の健康な人から提供してもらった便(約150~200グラム)を生理食塩水に溶かし、フィルターでこした便溶液を大腸内視鏡を使って患者さんの腸内に注入する簡単な治療法です。ただ、当院のFMTは事前に3種類の抗菌剤を2週間服用してから行うのが特徴です」

 FMTは昔からあった治療法だが、注目を集めるキッカケになったのは13年に米国の医学雑誌に報告されたオランダの研究結果だ。クロストリジウム・ディフィシル感染性腸炎に対して9割以上の治療効果があったと報告された。ならば潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患にも効果があるのではないか、と臨床試験開始の追い風になったという。

■潰瘍性大腸炎の約7割に症状改善が

 人の腸管には約1000種、数にして100兆個以上の腸内細菌が生息し、腸内細菌叢を構成している。潰瘍性大腸炎などの腸疾患は、その腸内細菌のバランスが乱れていることが分かっている。そこに生きた腸内細菌の塊である便を直接移植することで、腸内細菌のバランスの乱れを抑制する可能性がある。

 同院ではFMTの前に抗菌薬療法(AFM療法)を行う併用療法を「A―FMT」と名付けた。

「A―FMTを考案したのは、単純にFMTをするだけでは満員のスタジアムに無理やり観客を押し込むような作業で、腸内細菌の効率的な定着は望めないと考えたからです。AFM療法で腸内細菌叢を減らして、乱れた環境を一度リセットすることで移植する腸内細菌の効率的な定着を狙ったのです」

 潰瘍性大腸炎の治療効果については、あくまで短期間の症状スコアでの評価でしかないが、約7割に症状の改善が認められたという。

 しかし、病気の性質上、長期間の検討が必要であり、現在腸内細菌、臨床データの高度な分析を進めている。これまでの研究成果では、腸内細菌叢の種類である「バクテロイデス門」の劇的な変化がFMTの治療効果に強く関与することが示されたという。

「FMTは副作用が少なく、自然に近い療法なので、実際に治療のひとつに加われば福音です。しかし、研究のゴールはそこではありません。あらゆる病気に、腸内細菌叢がどう関与しているかが解明されていけば病気予防にもつながるのです」

 同院では、昨年から臨床試験の年齢制限を6歳まで下げ、対象疾患にクローン病も加えている。

▽宮城県出身。2001年岩手医科大学卒。09年米国ケースウエスタンリザーブ大学IBD(炎症性腸疾患)リサーチセンターに留学。順天堂東京江東高齢者医療センター、同大医学部付属順天堂医院助教を経て、16年から現職。〈所属学会〉日本消化器病学会、日本消化器病内視鏡学会、日本炎症性腸疾患学会

関連記事