実録 父親がボケた

<5>「向田邦子のはがき作戦」でボケ対策するも…撃沈

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 2016年、本格的な介入を決意した姉と私は、まず地域包括支援センターに電話をし、要支援認定の不服申し立てをすることにした。そして父を運動させるために、リハビリ専門のデイサービスに通わせることに。週1回、送迎付きで通い始めた父。リハビリだけでなくマッサージもしてくれる。私が行きたいくらいだ。初めはおっくうがっていた父も、次第に慣れていった様子。

 ただし、本人のやる気がなければ、スタッフも無理強いはできない。父は行っても、体を動かさずに座っていただけかもしれない。疲れて帰ってくるものの、機能が向上する気配はまったくなかったからだ。おそらく若いころから体を動かす習慣のあった人には効果的だが、父のような運動音痴のガリ勉タイプには不向きだったのだ。

 そこで思いついたのが「向田邦子のはがき作戦」である。

 彼女のエッセー「字のないはがき」は、学童疎開した幼い妹に大量のはがきを渡し、元気な時は〇をつけてポストに入れるように指示した父親の話だ。

 父に、切手を貼りつけた大量の絵はがきを渡した。「なんでもいいから書いて毎日ポストに出しに行って」と。

 字を書くこと、書く内容を考えること、そして家の真ん前とはいえポストまで歩くことで運動効果も得られると思ったのだ。

 初めのうちは毎日はがきが来た。宛先も文面も微妙に斜めだが、よしとしよう。「猫は元気か」「こっちは桜が咲いたぞ」「毎日暑いな」など毎回中身のないことが書かれていた。

 しかし、だ。どんどん間が空くようになった。文字は異様に斜めになり、「郵便局の人もよく読めたな」という梵字級の悪筆に。そして一切届かなくなった。

 後で聞いた話だが、後半、ポストに出しに行っていたのは母だったという。本末転倒! 作戦失敗! 向田邦子に土下座して謝りたい。

吉田潮

吉田潮

1972年生まれ、千葉県出身。ライター、イラストレーター、テレビ評論家。「産まないことは『逃げ』ですか?」など著書多数

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