天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓マッサージの重要性がさらに広まれば救える命は増える

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 近年、増えている突然死の原因の多くは心臓疾患によるものです。5月に亡くなった歌手の西城秀樹さんも急性心不全が原因でした。

 身近にいる人が急に倒れたとき、命を救うために効果的なのが「心臓マッサージ」です。回復が難しい末期がんなどの疾患を抱えている人は別にして、もともと元気な人が急に倒れたときは、心臓だけに問題があるケースが多いといえます。それだけに、心臓マッサージが重要なのです。

 かつては、人工呼吸などで酸素を送り込むことが重要だといわれていましたが、いまは心臓が止まってもとにかく血液を循環させないと意味がないので心臓マッサージが有効なことがわかっています。

■血液循環を維持

 心臓が停止して脳に血液が送り出されなくなる時間が5分を超えると、徐々に脳のダメージが進行して生存率が急に低下していきます。脳以外の臓器にはもう少し猶予がありますが、それでも、後遺症を含めて元の生活に戻れるレベルまで回復可能といえる時間は心臓が止まってから8~10分程度です。119番通報を受けて救急車が要請場所に到着するまでの平均時間は7~8分ですから、それまでの間、心臓マッサージを続けて血流を維持することができるかどうかが生死を分けるといっていいでしょう。

 倒れた人の呼吸が止まっていて酸素を取り込めない状態だったとしても、血液中の酸素がゼロになることはありません。あきらめずに心臓マッサージを続けて血流を維持すれば、脳に血液を送って低酸素状態を避けられますし、心臓の壊死も回避できます。

 心臓マッサージを行ったことで倒れた人の命が救われたケースはたくさんあります。中でも、一番有名なケースは「世界一の救命都市」と言われるアメリカのシアトルです。シアトルでは、「バイスタンダーCPR」(救急現場に居合わせた人による心肺蘇生)が市民にも広く浸透しています。1960年ごろから心臓突然死に対する救命処置の取り組みが実施され、1970年ごろには世界初となるバイスタンダー育成専門組織が設立されました。

 その後、小学校から救命講習が教育され、市民の救命講習受講率は60%を超えています。これにより、シアトルでの救命率は年間平均40%前後と劇的にアップしました。日本の心肺停止に対する救命率は2~8%ですから、驚異的な数字です。それだけ、心臓マッサージは救命にとって重要なのです。

 しかし、心臓マッサージの重要性はそこまで広く一般的には浸透していない印象です。知っているのと知らないのとでは救命率に大きな差が出てきます。また、的確に行わないとほとんど効果がないといえます。致死性不整脈に有効なAED(自動体外式除細動器)の使い方も含め、いざというときのためにも消防局などが実施している救命講習を受けることをおすすめします。

 心臓マッサージを行う際は、まずは倒れた人を硬くて平らな場所であおむけに寝かせ、左右胸骨の真ん中=乳首と乳首を結ぶ線の真ん中を目安に手のひらの膨らんでいる部分を当て、その上にもう片方の手を重ねます。そして、両肘を真っすぐ伸ばして垂直に体重をかけ、胸が5センチ程度沈む強さで圧迫します。1分当たり100~120回くらいのテンポで、救急隊員が到着するまで絶え間なく続けてください。

 昨年、世界的な医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」には、心臓マッサージやAEDを患者に使用した場合の1年後の効果が報告されています。それによると、1年後に死亡するリスクと障害が残るリスクは、使用しなかった場合に比べて大幅に低くなることが示されています。

 日本でも心臓マッサージやAEDの意味だけでなく実効性が認識されれば、もっと助かる命が増えるのは間違いありません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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