天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

今のままでは日本で心臓外科医の「空洞化」が起こる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

今のままでは日本で心臓外科医の「空洞化」が起こる

 近い将来、日本では優秀な心臓外科医が不足するのではないか――。米国で活躍する日本人心臓外科医が、日本国内の心臓外科診療の「空洞化」を懸念している記事を目にしました。

 それによると、2017年時点で、米国で臨床に従事する日本人心臓外科医は74人いて、その多くは優秀な若手医師だといいます。診療や研究のサポート体制は米国の方が圧倒的に恵まれているうえ、彼らは米国で活躍の場を与えられていることから帰国を前提としないケースが増えている。若手医師の海外流出は加速していて、こうした現象が顕在化する頃には、すでに手遅れかもしれないと危惧しています。

 私も今のままでは日本で心臓外科医の空洞化が起こるだろうと考えています。現在、第一線で活躍している心臓外科医は高齢化しているので、当然ながら現役で働ける医師の数は徐々に減っていきます。そうなったとき、海外留学している優秀な若手医師が帰国して空いたポジションに収まってくれれば問題ありませんが、今の日本の心臓外科が置かれている状況や環境を見ると、多くは望めないと言わざるを得ません。

■若手医師の海外流出が加速

 米国では、心臓外科医として一定以上の能力があれば、施設内での必要性や社会からの認知度は高くなり、それに見合った高収入も得られます。日本はそうした心臓外科医としてのQOL(生活の質)のアベレージが低いうえ、一定以上の能力に足りていない医師でも国民皆保険制度によって保護されています。医師の職能に応じた高いレベルでの保護が整っている米国に比べ、日本は低いレベルで医師を保護するようなシステムなのです。これでは、優秀な若手医師が海外で力を発揮して認められたいと考えるのも理解できます。

 また、米国では外科医として多くの症例を経験できることも、海外流出が加速している大きな理由のひとつといえます。日本は超高齢の多死社会で患者の数が減っていて、今後もどんどん少なくなっていくでしょう。心臓外科医の数に対して手術数が少ないため、若手が執刀を任されて経験を積み上げる機会はそれほど巡ってきません。

 一方、米国も全体的には高齢化が進んでいるとはいえ人口が多く、いまだに子供がたくさん生まれています。それだけ患者の数が多いので、思う存分、腕を振るってみたいという若手にとってはやりがいがあります。さらに米国では、自分が「これはいい」と思った医療機器を早い段階から使えるケースがほとんどです。日本では新たな医療機器が厚労省に承認され、実際に臨床現場で使用できるようになるまで何年もかかるケースは珍しくありません。

 米国でもFDA(食品医薬品局)の承認が必要ですが、日本に比べるとはるかに早く認められて“デバイスラグ”がほとんどありません。最先端の機器を駆使した医療を早い段階で経験して実績を上げたいと考える若手医師にとっては大きな魅力といえます。

 日本の心臓外科の“体質”も、若手医師のモチベーションを下げる一因になっていると考えられます。どの世界でもそうでしょうが、一定以上の実力があり、社会の中での位置付けがしっかりしていて、さらに人望などが重なって、初めて周囲から信用されるものです。しかし、今の日本の心臓外科の環境は、「あいつはこんなことをやっているから、われわれの仲間には入れない」といった“村社会”のような体質がはびこっているのです。

 こうしたさまざまな日本の現状を見る限り、今後も環境が高い方に整うことは期待できないでしょう。しかし、このまま空洞化が加速する前に、こうした状況を問題視して一つ一つ改善していく取り組みが必要です。

 次回も若手医師の海外流出と日本の問題点についてお話しします。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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