がんと向き合い生きていく

お年寄りにも優しく簡便ながん検診の進歩に期待したい

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 最近、ある町を旅した時のことです。町の役場に勤める50代の課長さんと、人口減少、空き家の増加、町の診療所や介護施設などについて話していたところ、「今の高齢者は何が一番幸せか?」という話題になりました。

 課長さんによると、町にはひとり暮らしで90歳を過ぎた方が増えたといいます。これだけを聞くと、かわいそうにも思えますが、決してそうでもないというのです。毎日わずかでも畑を耕して自分が食べる分の野菜を作り、「この生活が一番の幸せだ」とおっしゃる方ばかりだそうです。

「病気だったり、体が動かなくなったら施設にお世話になるのも仕方がない。でも、子供の世話になるために都会に引っ越して狭い部屋に住むよりは、土いじりをしていた方がずっと幸せだと言うのです。ご先祖さまからいただいた家と畑を守るといって、都会から戻られた方もいます。やはり、日本人は農耕民族なんですね。そういった方々を町がどうサポートするかが大切なことだと思っています」

 そのためにも、課長さんは、お年寄りもがん検診を受けるようにすすめているそうです。

「がんを早く見つけて早く治療して、家に帰ってまた土いじりができる。これが一番ですよ」

 日本では、全死亡者の3分の1は、がんによるものです。75歳未満のがん死亡はこの10年で16%減少しましたが、超高齢社会で免疫力が落ちた後期高齢者のがんが増え、がん死亡者数は増え続けています。そのため、75歳以上のがん検診をどうすればよいか。お年寄りに優しい、簡便な検診方法はないか議論されています。

 がん検診受診率は75歳未満でもなかなか50%に達しません。また、がん検診を受けて問題がなかったからといって、体にがんがないということでもありません。もっと体の負担が少ない検診ができないものでしょうか。たとえば、採った尿を検査所に郵送するような簡便な方法でがんが分かるなら、若い人でも大歓迎だと思うのです。

■犬や線虫を使った方法も

 先ほどの課長さんは、「ある町では犬でがん検診を行っていると聞きましたが、実際のところどうなのでしょうか」とおっしゃっていました。

 犬がにおいでがんを見つけるというもので、がん探知犬は、患者の息(呼気)、尿、便汁のにおいでがんの診断ができるといいます。確かに、犬の嗅覚は人間よりはるかに優れており、実際にがん検査に利用されているところもあるようです。

 しかし、がん探知犬の育成には多額の費用がかかったり、犬の集中力に左右されるため、1日で調べられる検体数が少ないといったハードルもあると聞きます。

 1ミリほどの大きさの線虫の嗅覚を利用したがん検査の研究も進んでいます。専門誌によると、線虫は好きなにおいの方に誘導され、嫌いなにおいには忌避行動を示すそうで、がんのにおいが好きだといいます。寒天プレートの片側にがん患者の尿などのにおいの検体を置き、中央に線虫を置くと、30分~1時間で検体の方に移動するというのです。これなら安価にたくさんの検体検査が可能な上、早期がんでも成功率が高いそうです。周囲の環境や生物そのもののコンディションの影響を受けやすいとされていますが、実用化のために、さらなる臨床研究が企画されているようです。

 犬にしても線虫にしても、簡便、そしてユニークな検査法でとても興味深く思います。ただ、いまのところがんの部位の特定まではできていないとのことなので、さらなる研究に期待しています。

 においではなく、唾液の代謝成分の分析によってがんを診断する研究では大腸がん、乳がん、膵臓がん、肺がんなどが分かるそうです。また、血液1滴で可能ながん診断の研究も進行中だといいます。がんができると特有のマイクロRNAがつくられるので、これをチェックするというのです。

 こうした研究・検査が、科学的根拠のある検査法として確立すれば、自宅でもがん検診ができる上に早く見つけられ、がんによる死亡が少なくなることが期待されます。元気で長生きが一番、人間はやはりそれが幸せなのだと思います。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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