天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

抗凝固薬は古い薬と新しい薬では価格差が50倍もある

順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長
順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長(C)日刊ゲンダイ

 心血管疾患に対して使われるクスリの中で患者さんもよく耳にするのが「ワーファリン」でしょう。血液をサラサラにする抗凝固薬と呼ばれるクスリで、心筋梗塞や脳梗塞の予防のために古くから使われています。

 ワーファリンは血液凝固因子の合成に関わっているビタミンKの働きを抑えることで、血栓が出来るのを防ぎます。心臓弁膜症で人工弁置換術を受けた人や、心房細動によって起こりやすくなる脳梗塞を予防するためにも処方されます。基本的には、出血の副作用が出ない限り飲み続けなければならない常用薬です。

 高齢化が進む日本では、70歳以上の3%、80歳以上の4%が心房細動を発症しているとみられています。それだけ、ワーファリンを飲んでいる人が多いということです。

 ここ数年、そんな“メジャー”なワーファリンと同じ抗凝固薬として、新しいタイプの薬が登場しています。「ドアック(DOAC)」(NOAC)と呼ばれる直接経口抗凝固薬で、国内では現在4種類が発売され、広く使われるようになってきました。

 ビタミンKの働きを抑えることで効果を出すワーファリンは相互作用のある食事やクスリが多い薬といえます。納豆や緑黄色野菜などを摂取しすぎると効果が弱くなってしまいますし、抗リウマチ薬や骨粗しょう症のクスリとの併用は避けなければなりません。

■効果や副作用をしっかり考えたうえで選択する

 一方、DOACはビタミンKに関与せずに作用するため、食事の相互作用が少ないうえ、個人差もそれほどなく安定した効果が得られます。

 そうした側面だけをみると、DOACのほうが優秀な印象を受けますが、しっかり考慮すべきポイントがあります。決定的に違うのは価格です。ワーファリンとDOACは、主たる効果は同じでも価格差が最も大きい常用薬のひとつなのです。

 ワーファリンの価格は1錠9・9円で、常用量が5ミリグラム程度です。1日3ミリグラムを服用する患者さんの場合、1錠1ミリグラムなので1日約30円、1カ月で900円です。3割負担で計算すると、薬代は月270円になります。

 かたやDOACの価格は1錠538円と、ワーファリンの50倍以上です。前述したワーファリンのケースと同じ効果を得ようとすると、1日約500円、1カ月では1万5000円となり、3割負担でも薬代は月4500円になります。抗凝固薬は他の薬も一緒に処方されるケースがほとんどなので、60日処方となると薬代だけで1万円を超えてしまうのです。

 この価格が患者さんにとってバカにならない負担になっています。先に説明したように抗凝固薬は副作用が出ない限り飲み続けなければならない薬です。しかし、継続的に飲み続けている人は全体の80%程度で、20%の患者さんは脱落してしまいます。

 薬をやめてしまう理由はいくつも報告されていますが、「費用」は非常に大きい要因になっています。当然、薬代が高くなれば脱落する人は増えるので、ワーファリンに比べてDOACは脱落率が高いのです。

 また、副作用についてもしっかり考えるべきポイントです。

 抗凝固薬は血液をサラサラにする分、どうしても出血しやすくなる副作用があります。薬が効き過ぎてしまうと、脳の細い血管や内臓の血管で出血するケースもあり、気づいたときは出血が広がっていて、急に意識を失ったり、ショック状態になるなど重篤な状態を招く場合があるのです。

 ワーファリンに比べ、DOACは出血に関する副作用は少ないといわれていますが、広く使われるようになったことで今後は増える可能性があります。また、胃痛、腹部の不快感、嘔吐、下痢、食道炎といった消化管に関連した副作用が報告されているのも特徴です。

 ほかにも、ワーファリンは10年以上にわたって服用していたり、コレステロール値や尿酸値が高い体質の人などは、血管の石灰化が起こりやすくなる副作用があります。該当するタイプの患者さんなど、価格が高くてもDOACの方が向いているケースもあるのです。

 今後は高齢化がますます進むことで心房細動の患者さんが増え、抗凝固薬の処方も増えるのは間違いありません。医師の言いなりではなく、効果、価格、副作用のバランスをしっかり考えたうえで薬を選択することが大切です。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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