進化する糖尿病治療法

症状はなかったのに…「突然」のウソ 原因は過去にある

坂本昌也准教授
坂本昌也准教授(C)日刊ゲンダイ

「突然、心筋梗塞を起こした」「突然、脳卒中を起こした」という話をよく聞きますよね。それまで症状がなかったのに……ということですが、本当は「突然」ということはないのです。

 Aさん(52歳)は、大学卒業後、大手メーカーに就職し、営業職に配属。仕事はものすごく忙しかったそうで、早朝から仕事に出て、たばこと缶コーヒーで空腹をまぎらわせながら、夜まで猛然と仕事をする毎日でした。

 仕事が終わるのは夜10時過ぎで、それから仕事仲間と一緒にその日初めての食事らしい食事。定食屋などは開いておらず、ラーメンでは物足りず、ファミレスでは味気ない。自然と、深夜まで営業している焼き肉屋に行くことが多かったと、Aさんは言います。ビールなどを深夜まで相当量飲み、「5人で15人前」なんていう食べ方も珍しくなかったとか……。

 みなさんも覚えはありませんか? 若い時にむちゃしたことを。若くて体力があるからこそ、仕事もプライベートも、睡眠時間を削って“頑張れる”のですよね。

 そんなAさんも30歳で結婚。子供もでき、“モーレツサラリーマン”であることは変わらないものの、さすがに「深夜に焼き肉」はなくなりました。

 1日1食の生活から一変、朝は奥さんが用意した朝食を取り、昼は仕事が忙しくて抜くことは時々あるものの、夜は取引先と会食の時以外は、夜遅くなっても、自宅で食べるようになりました。酒が好きで、会食時などには飲み過ぎることはありましたが、回数がそう多いわけではありませんでした。シメのラーメンも、年に1~2回ある程度だったとのことです。

 それでも、20代で一気に増えた体重はなかなか元に戻らず、健診では毎年、「やや肥満」と指摘されていたそうです。運動を、と思っても、Aさんにとってみれば「そんな時間はない」。移動はほぼ電車や車なので、1日の歩数も多いとはとても言えない状況。血糖値、血圧、コレステロール、中性脂肪、尿酸値は、基準値は超えていないものの、毎年測定のたびに数値が上がっていました。

 そんな30代を送っていたAさんが、突然、心筋梗塞を起こしたのは46歳の時です。会社での会議中でのことでした。周囲に人がたくさんいる時であったのが幸いでした。すぐに救急車が呼ばれ、病院に搬送。命を取り留めました。

 Aさんが言うには、「やや肥満ではあるけれど、健診の結果で異常な数値はひとつもなかった。健康だったのに、突然なぜ……?」。

■むちゃくちゃな生活を5年以上続けると危険

 心筋梗塞は心臓の血管が詰まる病気。不整脈でもない限り、ある日突然詰まることはないのです。必ず過去の経験が関係している。つまり、“負の遺産”です。

 エビデンスがあるわけではありませんが、私の経験からあえて数字を出すならば、むちゃくちゃな生活が1~2年くらいであればまだ大丈夫でしょう。しかし、5年ほどむちゃくちゃな生活をしていれば、それはかなりの確率で“負の遺産”として残ります。食生活だけではありません。ストレスが高い日々が続いていた、仕事が忙しく睡眠時間が少ない日々が続いていた、という場合も同じです。

 Aさんのケースでいえば、20代の生活による“負の遺産”が大きかったのでしょう。血管は、健康的な生活をしていても、年齢と共に硬くなります。負の遺産がある人は、早い段階で血管が硬くなっている可能性が高い。もともと血管が硬いところからスタートすれば、その後に規則正しい生活に変えたとしても、よほど気を付けていなければ、ほかの人より心筋梗塞や脳卒中などのリスクが高くなってしまうのです。

 私がよく例えに出すのは、花粉症の例えじゃないですが、コップに入った水です。コップに水がなみなみと入っている人と、少ししか入っていない人がいる。前者は負の遺産を抱えている人で、後者はそうでない人です。水が少ししか入っていない人は、1滴の水が加わったところで大したことがありません。それこそ“たった1滴”で済む。一方、水がなみなみと入っている人は、1滴水が加わるだけで、水があふれ出してしまう。“たった1滴”ではないのです。

 過去にむちゃくちゃな生活をしていた人は、自分は水があふれ出しそうな状態だと自覚した方がいい。その上で一層気を引き締め、生活改善に臨むべきなのです。

坂本昌也

坂本昌也

専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。1970年、東京都港区生まれ。東京慈恵会医科大学卒。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では糖尿病患者の予防医学の観点から臨床・基礎研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。

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