性感染症最前線

軟性下疳<1>現在は輸入感染症になっている“幻の性病”

輸入性感染症として注意が必要(写真はイメージ)
輸入性感染症として注意が必要(写真はイメージ)(C)日刊ゲンダイ

 日本性感染症学会が発行する最新の「性感染症 診断・治療ガイドライン 2016」には、17疾患の性感染症が掲載されている。そのひとつに「軟性下疳」という病気があるが、国内では感染の報告がほとんどない。

 どんな病気なのか。性感染症専門施設「プライベートケアクリニック東京」(新宿区)の尾上泰彦院長が言う。

「軟性下疳は、アフリカ南部や東南アジアなどの熱帯地方で多く発生している病気です。日本では終戦直後(昭和20~25年)の性病流行期に流行していましたが、その後はどんどん減少していきました。今は、病名は知っていても、実際に軟性下疳の診療をした経験のある医師は、ほとんどいないでしょう」

 終戦直後の流行には、東南アジアなどからの復員兵が持ち帰ったという背景がある。1948(昭和23)年に施行された旧性病予防法では、「梅毒」「淋病」「軟性下疳」「性病性リンパ肉芽腫」の4疾患を「性病」として規定していた。この法律は98年の感染症新法の制定に伴い廃止されている。

 軟性下疳の病原体は軟性下疳菌という細菌。「下疳」とは、性交によって陰部の皮膚や粘膜にできる伝染性の潰瘍の総称をいう。梅毒に感染しても陰部に「硬性下疳」という潰瘍ができるが、軟性下疳とは症状が大きく異なる。

「梅毒によってできる硬性下疳は痛みがないのが特徴です。そのため、発見が遅れてパートナーに感染させてしまい、今も流行しているのです。一方、軟性下疳は症状が出るまでの潜伏期間(2日~1週間)が短く、ものすごく痛い潰瘍ができます。激痛でセックスはできません。すぐ気づくので感染が広がりにくく、終戦直後の流行が続かなかったのです」

 また、軟性下疳では股間のリンパ節に化膿性炎症が起こり、腫れて痛い。梅毒も股間のリンパ節が腫れることがあるが、多くは痛みがないという。国内では“幻の性病”となった軟性下疳だが、気軽に海外旅行を楽しむ時代になり、あらためて「輸入性感染症」として注意が必要という。

「性感染症の原因を特定するには培養検査が行われますが、国内で軟性下疳を特定することは困難です。しかし、臨床所見(見た目の症状)により、通常このような潰瘍の症例では抗生物質の内服と軟膏で治療します。それで、これまでも軟性下疳と診断されないまま治癒しているケースがあるのかもしれません」

 激痛を伴う潰瘍には、輸入性感染症の疑いがあることを知っておこう。

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