上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「冠動脈起始異常」は若い世代の突然死の大きな原因になる

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 去る7月、米メジャーリーグ、エンゼルスのタイラー・スカッグス投手が27歳の若さで急逝しました。後日に発表された情報によると、医療用麻薬とアルコールを摂取した後の嘔吐による窒息死とのことでした。

 トップクラスのプロ選手を含め、一般のアスリートでも若くして突然死したケースを耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。今回は薬物が一因でしたが、死因として少なくないのが心臓疾患です。全体的な頻度はそれほど多くはありませんが、ほとんど症状はなかったのに1回目の発作で突然死に至るような場合、「冠動脈起始異常」と「ブルガダ症候群」という心臓疾患が関係しているケースが多いと言われています。

 中でも、最近は冠動脈起始異常によって起こる致死性不整脈をよく目にするようになりました。心臓に栄養や酸素を送っている冠動脈が本来の場所とは違うところから出ている先天性奇形で、冠動脈が圧迫されやすくなることで、血流が急に途絶して再灌流障害を起こし、致死性不整脈を招きます。

 われわれは、10代後半から20代くらいにかけて、運動する際に血圧が右肩上がりに上昇していきます。その年代は、体格は一人前になるものの、全身へ血液を送る心臓は専門的な心肺機能向上のトレーニングでも受けない限り追いついていないことがほとんどです。つまり、臓器と体格がアンバランスな状態といえます。そうしたタイミングに該当する年代で急に運動量や心臓の負荷量が増えると、冠動脈起始異常がある場合は血圧の上昇を心臓が受け止めきれなくなり、パンクしてしまうケースがあるのです。

 冠動脈起始異常は、それまでほとんど自覚症状がありません。症状が表れ始める10代後半あたりの年代、中学校くらいまでは運動量や負荷量がそれほど多くないため、心臓がまだ受け止めきれるのです。

 プロスポーツの世界で、突然、若い選手がトップレベルに躍り出るケースを目にしますが、多くは10代後半の高校生くらいの年齢です。中学生世代はまず見かけません。やはり10代後半から身体の機能が大人になってくるからでしょう。とはいえ、体格はまだ幼いわけですから、トップレベルの記録を出すためのトレーニングなどで運動量や負荷量が一気に増えると、冠動脈起始異常があれば心臓に致命的なトラブルが起こる危険があるのです。

■アスリートではない一般人でもリスクあり

 アスリートでなくても、その年代で冠動脈起始異常が突然死を引き起こすケースはあります。たとえば、中学生までは自覚症状もなく問題なく生活できていたのに、進学した高校が体育授業の中で長距離走などのスポーツに力を入れている学校で、急に運動量や負荷量が増えて心臓が耐えられなくなる……といった可能性も考えられます。生活環境が変われば運動量や負荷量も変わるので、一般の人でも冠動脈起始異常によるリスクはたくさんあるのです。

 もっとも、冠動脈起始異常はそれほど多い疾患ではありません。当院でも患者さんは年間で3人いるかいないか程度です。しかも、突然死のリスクがあるような起始異常は、冠動脈が出ているところが本来とは1センチほどずれていて、その幅の中でいちばん極端な箇所から出ているケースです。ミリ単位でほんの少しずれているとか、血流に問題が起こらないような合流の仕方をしていれば、一生そのままで問題ありません。

 幼少の頃にたまたま冠動脈起始異常が見つかった場合でも、何かしらのトラブルが起こっていない場合は経過観察になります。本来なら大動脈から出ているはずの血管が肺動脈から出ているような極端な異常でない限り、手術をするようなことはありません。

 注意すべきはやはり15歳を越えたあたりです。その年代で、たとえば原因がよく分からない失神発作や急に胸が詰まって苦しくなるといった症状が表れたり、スポーツの成績がクラスでトップクラスだった生徒が急に心肺機能の低下を来すような異変があったときは冠動脈起始異常を疑った方がいいでしょう。その段階で発見できれば、治療で突然死を防ぐことができます。

 冠動脈起始異常の治療や研究については、次回詳しくお話しします。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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