がんと向き合い生きていく

あなたらしく生きる…余命3カ月を告げられて気づいた思い

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 以前、Aさん(56歳・男性)からお聞きしたお話です。Aさんは胸腺がんで、ある病院の腫瘍内科に通院していました。そこで担当のB医師とこんなやりとりがあったそうです。

 ◇ ◇ ◇ 

B医師「化学療法が効かなくなりました。積極的な治療はもう勧めません。あと3カ月くらいかもしれません。あなたらしく生きるのがいいと思います。今なら旅行とかできると思います。旅行はお嫌いですか?」

Aさん「え? え? あなたらしくって……じゃあ、治療はもう終わりですか?」

B医師「そうです。前にも話しましたが、今の治療が効かなくなったら、がんに対する標準治療は終わりです。どうされますか? 緩和ケアの医師に紹介しましょうか? 近くの病院にします? 在宅で往診してくれるような診療所にしますか?」

Aさん「ここに通うのはいけないのですか?」

B医師「治療中に急変した患者は別ですが、ここの腫瘍内科ではみとりはしません。ですから、これからはどこか好きなところにかかって下さい」

Aさん「好きなところと言われても……。私は小さい頃から、風邪をひいても急性腸炎になった時もこの病院にお世話になってきました。ですから、ずっとこの病院で、と思ってきました。家も近いですし、ここに通うのはいけませんか?」

B医師「腫瘍内科では、少ない医師でたくさんのがん患者さんの治療をしなければなりません。了解して下さい。では、宛先は書かずに、経過を記した診療情報提供書をつくっておきます。次回までに好きなところを決めてきて下さい。これからは、あなたらしく生きることを基本に考えて下さい」

 Aさんは、ここが近所の病院なのにもっと遠くの病院に行かねばならないのか? そしてあなたらしく生きるとは……どういうことか? などと考えながら自宅に帰りました。

 夜になって、妻と社会人の娘に病院でのやりとりを話しました。

 ◇ ◇ ◇ 

娘「お父さん、それは医者の言い逃れよ。もう治療法がないから厄介払いなのよ」

Aさん「まだ体力はあるし、あと3カ月しかないなんて思えない。がんと闘うことしか考えてこなかった」

妻「医者は余命を短く言いたがるって聞いたけど、こんなに元気なお父さんがあと3カ月ってありえないよ」

娘「私の会社の上司は、あと6カ月の命だって言われてからもう6年になるって聞いたわ。今も元気よ!」

 ◇ ◇ ◇ 

 妻も娘もあっけらかんとしていたので、Aさんはむしろ助かった気がしました。

 娘から「セカンドオピニオンを受けるのはどう? 他の病院で、もう治療法がないのか聞いてみるのよ。B先生に経過を書いてもらって、他のがんの専門病院に行ってみたら?」と提案され、「そうだな、そうするか」と決心しました。

 さらに、Aさんはベッドに入ってから考えました。

 セカンドオピニオンをお願いすることには決めたが、B医師が言った「あなたらしく生きる」とは何なのか? もし、がんになっていなかったら何をしたかったのだろう?旅行か? たしかに旅行は好きだが……。

 そういえば思い出した。若い独身時代、ちょうど旅行の直前に失恋し、旅先で遊覧船の美しい景色を見ても、「彼女のいない旅行なんて意味がない」と思ったな。仕事で失敗した時、社長から勧められて家族旅行に行った時も、まったく景色が目に入らず、頭は失敗のことしか考えていなかった。

 あの時とはまったく状況は違うが、また同じ思いをするような、そんな気がして旅行に行く気にはなれない……。

 いろいろなことを考えているうちに、Aさんは「今はまだ諦めたくない自分がある。そして希望を持っていたい」という思いに気がつきました。別の病院でセカンドオピニオンを受けてみて、納得できなかったらさらにもう1カ所でお願いしてみよう。そして、もし何か治療法が見つかって、その治療が決まり、その直前の旅行なら行ってみたい。そんな気がしたそうです。

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佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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