上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

女性に多い大動脈弁狭窄症の治療法は選択肢がいくつもある

順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 以前にもお話ししましたが、心臓疾患には女性に多く見られる病気があります。女性の病気といえば、特有の体の構造から、乳がん、子宮がん、卵巣がんなどが代表的です。そうした病気に対しては、婦人科や乳腺科といった女性を対象にした専門科があり、遺伝や生活習慣といった発症リスクを上げてしまう要因や診断治療に関する知識が一般にも共有されています。病気に関する情報が広く認知されているため、自分で注意して定期的に検査を受けている女性もたくさんいます。

 ところが、女性に多い心臓疾患についてはそれほど周知されていないので、そこまで気にする人が少ないのが現状です。

 女性に多い心臓疾患の中で、最も多く見られるのが「大動脈弁狭窄症」です。血液の逆流を防止する大動脈弁が硬くなって開きにくくなる病気で、血液の流れが悪くなり重症化すると突然死するケースもあります。

 とりわけ高齢の女性に大動脈弁狭窄症が多く見られるのは、卵巣から分泌される女性ホルモンのエストロゲンの影響です。エストロゲンはさまざまな役割を担っていて、循環器や脂質代謝の機能を調節して心臓を保護する作用もそのひとつです。女性が50歳前後になって閉経するとエストロゲンが急激に減少し、血圧が不安定になったり動脈硬化を招いたりするなどして男性よりも強く弁の石灰化を促進させるのです。

 ただ、こうした情報が一般に浸透していないこともあって、心臓に少し違和感があっても検査に行かない女性は少なくありません。きちんと診断されていないケースもたくさんあって、手術したほうがいい段階まで悪化している人でも、その10~15%程度しか手術が実施されていません。そのため、大動脈弁狭窄症で突然死してしまう女性も増えているのです。

■負担が少ない治療法が広まっている

 大動脈弁狭窄症は、適切なタイミングで適切な治療を行えば、きちんと治って天寿を全うできる病気です。以前は完治させるには手術で弁を交換するしか方法がなかったのですが、近年は新たな治療法がいくつも登場して、選択肢も増えています。

 ここ10年くらいで急速にポピュラーになったのが「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)という血管内治療です。カテーテルを使って、悪くなった大動脈弁の代わりに新たな人工弁を留置する治療法です。胸を切開せず体への負担が少ないため、合併症があったり超高齢で手術のリスクが高い人などは治療の対象になります。

 2013年10月から保険適用になり、高額療養費制度を利用すれば費用は14万円ほど(年齢や所得によって変わる)ですが、実際にかかる医療費は1人当たり500万円以上と高額なため、「従来の治療法ではダメなのか」との意見があるのは事実です。ただ、大動脈弁狭窄症は女性に多いだけに、痛みが少なく入院期間も短いうえ大きな傷ができないTAVIは、今後もさらに広まるでしょう。

 従来の開胸手術とTAVIの中間くらいの治療法に当たるのが「MICS(ミックス)」と呼ばれる小切開手術です。開胸手術のように胸骨を大きく切らず、内視鏡を使って大動脈弁の手術を行います。小さな傷で体の負担が少なく、短期間で退院できるというメリットがあり、希望する患者さんも増えています。

 さらに、「スーチャーレスバルブ」による大動脈弁狭窄症の弁置換術も好成績を上げています。生体弁に取り付けた金属製のバネの力を利用して、心臓の弁がある箇所にはめ込む手術です。縫合することなく留置できるため、処置にかかる時間は25分程度で済み、その分、患者さんの負担は小さくなります。

 TAVIとは違い胸を切開して実際に心臓を見ながら処置するので、予期せぬトラブルが起こっても制御可能です。安全性も高い治療法で、今後さらに広まるのは間違いありません。

 このように大動脈弁狭窄症の治療法は進化していて、患者さんの病態や事情に応じて選択肢が増えています。「男性よりも女性に多く、とりわけ高齢になると増える」という傾向とともに知っておくことが命を守ることにつながります。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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