がんと向き合い生きていく

がんの「休眠療法」は有効性がいまだ科学的に証明されていない

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「患者さんが、がんの『休眠療法』を受けると言っています。体にやさしい治療法らしいのです。この治療法、先生はどう思われますか?」

 友人医師からこんな相談がありました。

 私は「え? もう、行われなくなったはずの休眠療法が、まだ行われているのか」と驚きました。

 休眠療法とは、まだ分子標的治療薬が存在せず、標準治療などという言葉もなかった20年以上前に一時的にはやった抗がん剤の治療法です。

 この治療法は抗がん剤をごくごく少量で行います。たとえば、あるがんに対してシスプラチンという抗がん剤を通常は1回50ミリグラム使うとすれば、10分の1の量の5ミリグラムを使う……といった具合です。

 シスプラチンは20世紀の抗がん剤治療では最大の効果が得られた薬で、他剤との併用で肺転移のある睾丸腫瘍では70%以上の患者が治癒し、その他各種のがんでも多大な効果が得られました。しかし、嘔気・嘔吐・腎障害などの副作用が強かったのです。これに対し、ようやく効果的な制吐剤が出始めてきた時代に、この休眠療法が出てきたのでした。

 その後、抗がん剤の副作用対策として、嘔気・嘔吐に対しての有効な制吐剤、白血球減少に対する薬剤(G―CSF製剤)が開発されました。また腎障害の予防対策も進み、がん細胞に効くための量が保たれて治療が行われるようになったのです。

■「体にやさしい」というが…

 現在、抗がん剤の投与量は、臨床試験でしっかりとその効果が得られる量、副作用、安全性も検討した上で標準投与量が決められています。そして、患者の体の状態、肝機能・腎機能などを検討し、時には標準投与量を減らして行う場合もあります。

 しかし、休眠療法はそこからさらに極端に抗がん剤の投与量を少なくします。ですから、副作用からみれば「体にやさしい」ことになるかもしれませんが、がん細胞に対して効果を得るためにはあまりにも少な過ぎる量といえます。がん細胞に効かせるには、ある一定の投与量以上が必要なのです。

 また、そうしたごくごく少量投与を休眠療法と呼んでいますが、この少ない量で「がん細胞が休眠状態になった」という証拠はまったくありません。ですから、標準治療が行われるようになってからは休眠療法は行われなくなったと思っていました。

 2001年、がんの専門誌で私は休眠療法を厳しく批判しました。あれから約20年たっていますが、今でも休眠療法は医学的に有効性を示すきちんとしたデータはありません。休眠療法を行う側の医師は、腫瘍縮小は必ずしも必要ではなく、「現状維持であればよい」と言われるかもしれません。しかし、この「現状維持」すら証明されていないのです。

 分子標的治療薬は、がん細胞のDNAを直接攻撃するのではなく、がん細胞が持っている特定の分子に対して作用することから、がんの増殖を抑えて大きさが現状維持でも生存期間の延長が認められています。これらの分子標的治療薬はしっかりした臨床試験が行われ有効であることが科学的にも証明されています。

 抗がん剤をごくごく少量で行う休眠療法について、ある在宅医は「紹介された病院から言われて行っていますが、効いたと感じた患者はいません」と述べ、ある医師は「精神安定剤代わりに抗がん剤を使っている」と評しています。

 休眠療法を行う医師が「標準治療が効かなくなったから」、あるいは「標準治療ができない患者を救いたい」との思いから行っているのだとすれば、なおのことそのエビデンスが必要なのです。

「体にやさしい治療法」と言うなら、しっかりした臨床試験を実施してその効果を明らかにするべきです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事