上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

便秘を招く生活習慣が突然死するリスクをアップさせる

順天堂大学医学部付属順天堂医院心臓血管外科の天野篤教授
順天堂大学医学部付属順天堂医院心臓血管外科の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 人間の腸内に100兆個ほど存在している腸内細菌が心臓疾患の発症に関係していることを前回お話ししました。腸内環境が悪化して腸内細菌のバランスが崩れると、動脈硬化を促進してしまうのです。

 食生活のアンバランスさが続くと、高血糖、高血圧、高コレステロール、肥満といった心臓疾患のリスク因子である生活習慣病につながり、便通異常も招きます。

 つまり、排泄が不安定で便秘がある人は心臓疾患を発症するリスクが高くなってしまうといえます。

 まだ確かなエビデンス(科学的根拠)があるとはいえませんが、海外では「便秘の重症度が上がれば上がるほど心血管イベントが増える」という報告があります。日本でも、便秘の期間がどれくらい長く続くと、心臓疾患がどのくらいの割合で増えるのかといった研究報告がこれから出てくるでしょう。

 便通異常には、食べ物が大きく関係しています。いわゆるドカ食いや偏った食生活は肥満のもとである内臓脂肪を増やしてメタボを増強するだけでなく、腸内細菌のバランスを崩して腸内環境を悪化させます。また、ダイエットと称し食生活を不安定にするのは排泄を不安定にすることでもあります。腸内細菌のバランスを考えると良いとは言えません。

■現代は食生活と睡眠を悪化させる要素が揃っている

 人間が生きていくためには、エネルギー摂取が欠かせません。エネルギーは食べ物を代謝することで得られるもので、きちんとした代謝をするためには「排泄を一定にする」ことが大切な要素です。排泄のサイクルを正しくするためには、食生活のバランスを良くして腸内環境を整えることが必要条件といえます。

 また、自律神経も腸内環境と密接な関係があります。自律神経には、活動時や緊張状態で活発になる「交感神経」と、リラックスしているときに優位になる「副交感神経」があり、腸の動きもコントロールしているのです。

 腸は交感神経が活発だと拡張し、副交感神経が活発になると収縮します。消化した食べ物を体外に排出するために腸が伸び縮みを繰り返す「蠕動運動」は、交感神経と副交感神経がバランスよく働くことで活発になります。そのためには、食物繊維が豊富な野菜やキノコ類を摂取したり、就寝前の適度な運動が効果的だといわれています。反対に、大きなストレスを受けると自律神経のバランスが崩れ、蠕動運動も鈍ってしまいます。睡眠不足も同じです。つまり、食生活のバランスを崩すダイエットをしている人、ストレスが多い人、睡眠が不安定な人は便秘になりやすいのです。

 中高年になって心臓疾患が増えてくるのも、腸内環境の悪化が一因といえます。学生の頃は、食生活、睡眠、身体活動といった要素がある程度はコントロールされていて、一定の範囲に収まっています。テスト前などは睡眠不足になる場合もありますが、全体的にはいずれかが突出して不安定になるケースは少ないといえます。また、高血圧、高血糖、高コレステロールといった心臓疾患のリスクになる遺伝的な要素は、18歳くらいまではそこまで表に出てきません。

 それが、社会人になって生活習慣がガラリと変わると、これらのバランスが一気に変わってしまいます。食生活が不規則になって偏ったり、睡眠不足になったり、運動をしなくなったりすることで腸内細菌のバランスが崩れ、腸内環境の悪化は高血圧、高血糖、高コレステロールにつながります。遺伝的にこれらの要素がある人は、加齢とともにさらに助長されます。これらが密接に関わって、心臓疾患を招くのです。

 近年、働き盛りの40代で突然死するケースが増えています。現代とは違い、昭和の頃は深夜も営業しているコンビニエンスストアがなく、夜中に食事をすることが難しい時代でした。また、金銭的にも余裕がない家庭が多く、深夜0時ごろまでに終電で帰宅する人がほとんどでした。そのため、ある程度は睡眠時間が確保されていました。こうした環境で生活していることもあり、当時の生活習慣病は遺伝的な要素を含めて加齢に応じて表れるものでした。

 しかし、いまは24時間いつでも手軽に食事ができます。深夜までスマホで映画や動画を見たり、ネットサーフィンできる環境です。どんな年齢層でも食生活や睡眠といった生活習慣の悪化を促す要素が揃っています。こうした腸内環境を乱す生活を若い頃から続けていると、40代くらいで動脈硬化が要因となる心臓血管疾患で突然死するリスクが高くなるのです。

 そんな現代だからこそ、生活習慣を改善して腸内環境を整えることが心臓を守ることにつながります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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