進化する糖尿病治療法

高齢者の心不全対策…SGLT2阻害薬が救世主になるか

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 今は、糖尿病を発症しても、適切なタイミングで適切な治療・検査を受けていれば、50歳、60歳で亡くなることはほぼありません。効き目のいい糖尿病の薬がたくさん出ているため、長生きする糖尿病患者さんが珍しくなくなりました。

 そこで今、問題になっていることのひとつが、糖尿病を患う高齢者の心不全です。

 高齢者になると、健康な人でも、血管が硬くなり、動脈硬化が起こります。糖尿病の場合、心臓に栄養を送る太い血管(冠動脈)の動脈硬化が起こりやすいだけでなく、心筋細胞に直接栄養を送る顕微鏡レベルの細い血管(微小血管障害)にも動脈硬化が起こり、心筋のエネルギー代謝に影響を与えます。それによって糖尿病がある人は心不全のリスクが高くなるのです。

 動脈硬化は心筋梗塞や脳卒中などの原因にもなりますが、これらはステントやカテーテル治療の進歩で助かる人が増えました。しかし、心筋梗塞で命を落とさなくても、心臓に疾患を抱えていることは変わりません。

 心不全とは「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」と定義されています。心不全の定義に当てはめると、糖尿病がある時点でステージA。心筋梗塞などを起こして心臓に疾患を抱えるようになるとステージB。心機能が低下して心不全を発症するとステージC。心不全を発症すると、現在の医療では完治しづらく、5年以内に50%の人が亡くなるともいわれています。つまり、糖尿病を発症しないことが重要であり、しかし糖尿病を発症してしまったら、今度は心筋梗塞を発症しないことが非常に重要なのです。

■糖尿病でなくても心不全予防に役立つ

 これまでは、糖尿病の薬は血糖値を下げるものの、心不全に関しては予防効果が見られませんでした。薬によっては、かえって心不全のリスクを高めるものもありました。日本で広く使われているDPP―4阻害薬も、心不全予防効果があるのではないかと期待されましたが、結局、抑制効果を証明できず、むしろ心不全が増えるという結果が出ています。

 ところが、血液中の過剰な糖を尿に積極的に排出して血糖値を下げるSGLT2阻害薬という糖尿病治療薬の研究で、画期的な結果が出ました。この薬を服用すると、血糖降下作用だけでなく、心不全予防にも役立つことが分かったのです。

 さらに糖尿病や心疾患の専門医の注目を集めたのは、糖尿病患者の心不全リスクを下げるばかりか、糖尿病でない人の心不全のリスクを下げるという結果も出たことです。この薬は、ナトリウムの再吸収を抑える作用もあり、血圧低下にも効果があります。

 ただし、SGLT2阻害薬は高齢者に出しにくい薬なのがネック。その理由はまず、服用し始めて最初のうちは利尿作用が強く出るため、脱水症状を起こすかもしれないこと。高齢者は渇きを感じにくく脱水症状を起こしていても気づきにくい。水分を取りすぎると、腎臓にダメージを与えることもあるので、さじ加減が難しい。

 次に、脱水対策で水を取り過ぎると、頻尿になり、夜間では熟眠が妨げられQOL(生活の質)が低下すること。

 さらに、SGLT2阻害薬は、前述の通り、血液中の糖を積極的に尿に排出するため、痩せやすい薬でもあること。高齢者で運動習慣のほとんどない人は、体重、体脂肪の減少とともに骨格筋が減少し、フレイル(虚弱)やサルコペニア(全身の筋力や身体機能の低下)などを起こしやすくなるともいわれています。

 当然ながら、いくらいい薬でも、その人に合っているかどうかを見極めて処方しなくてはならないのです。

坂本昌也

坂本昌也

専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。1970年、東京都港区生まれ。東京慈恵会医科大学卒。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では糖尿病患者の予防医学の観点から臨床・基礎研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。

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