第2波に備えよ 新型コロナを徹底検証

<10>昆虫ウイルスが“証明”した自然免疫の強い抗ウイルス力

(米国立アレルギー感染症研究所提供)
(米国立アレルギー感染症研究所提供)

 蛾などの昆虫に感染するウイルスに「バキュロウイルス」というものがある。バキュロウイルスを哺乳類由来の細胞に接種すると、細胞内にウイルスは侵入するものの、ウイルスのタンパク質を合成することができず、増殖しない。細胞内に侵入したウイルスはそのまま分解されてしまうのだ。

 千葉工業大学の阿部隆之博士(現神戸大学准教授)は、2003年に興味深い論文を発表した。バキュロウイルスをマウスの鼻に垂らした後に、「致死量」のインフルエンザを接種したところ、マウスはまったく死ななくなったのだ。

 この研究成果は、なかば偶然の産物であった。阿部博士は当初、バキュロウイルスを用いて、インフルエンザのワクチンの開発を目指していた。バキュロウイルスを人工的に改変して、インフルエンザウイルスのタンパク質を発現させたのだ。彼は、ワクチン未接種群の「陰性対照」として、インフルエンザウイルスのタンパク質を発現しないバキュロウイルス(野生型)を用いたのだ。常識から考えると、陰性対照のマウスは全滅する。ところが、予想に反して、マウスは死ななかったのである。つまり、野生型バキュロウイルスが、インフルエンザワクチンとして働いてしまったのだ。

 阿部博士はその後、大阪大学微生物病研究所の松浦善治教授のもとで研究を進め、そのワクチン効果が、病原体をパターン認識し、抗ウイルス状態に誘導する「自然免疫」によるものであることを突き止めた。「自然免疫」は、想像以上にウイルスに対して強力に対抗しているのだ。

■強い新型コロナ耐性を持ちながらの過剰自粛は必要か

 新型コロナウイルスも、抗体のみによって体から撃退されるわけではない。抗コロナウイルス抗体が大量に誘導されていても、重症化する人もいれば、逆に抗体が少なくても、回復する人もいる。動物のコロナウイルスでは、ウイルスに対する抗体によって逆に重症化すること(抗体依存性感染増強「ADE」)も古くから知られている。抗体には善玉抗体(中和抗体)だけではなく、悪玉抗体も存在するのだ。

 新型コロナウイルス感染からの回復には抗体だけではなく、細胞傷害性T細胞などによる「細胞性免疫」、さらには「自然免疫」が重要な役割を果たしている。

 強力なロックダウンによりなんとか収束に持ち込んだ欧米とは異なり、日本は3月時点の自粛レベルで感染爆発を抑え込むことに成功した。

 日本人は、この新型コロナウイルスに対して、欧米人以上の耐性を持っている。そのメカニズムの解明は先になるが、我々は、その恩恵を素直に享受すべきだ。過剰自粛はもったいない。

(京都大学ウイルス・再生医科学研究所・宮沢孝幸准教授)

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