上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

新型コロナの影響で日本の医療体制の再整備が進むだろう

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナウイルス感染症(COVID―19)が再び広がっています。予防ワクチンや急性期治療薬が完成し、季節性インフルエンザと同じような感染症という扱いになるまでは、まだ時間がかかりそうです。

 感染拡大と緊急事態宣言が発令された4月から、順天堂医院を含めた多くの大学病院は外来患者の受け入れや手術数を絞っていました。また、新型コロナ患者の受け入れ態勢を整備する負担も重なって大幅減収となり、全国133の大学病院では、4、5月の2カ月間で約313億円の赤字が計上されました。

 現在、多くの大学病院は徐々に通常の体制に戻す方向に進んでいますが、コロナ前と同程度の状況にはならないでしょう。感染者数が再び増加していることもあり、クリニックや市中病院の患者さんは大きく減ったままです。感染を避けたい患者さんは医療機関への通院を控え、医療機関側も診察する患者数を絞っているからです。

 これまで大学病院が診ていた患者さんの8割近くは、そうした街の医療機関から紹介された患者さんで占められていました。“入り口”である街の医療機関の患者数が減っている状況では、大学病院の患者数も増えないのです。

 こうした医療体制の危機を受け、政府は「ウイルスとの長期戦を戦い抜くための医療・福祉の提供体制の確保」のために2兆7179億円を充てる第2次補正予算案を閣議決定しました。とはいえ、医療機関の損失補填という名目ではなく、あくまでも「新たなCOVID―19患者の受け入れや空床確保の補填」のための予算とされました。また、1カ月で10億円前後の減収になっている大学病院にとっては、「赤字の半分も埋まらない」といった声も聞こえます。

 現在も感染者が増え続けているうえ、ウイルスが活発になる秋から冬にかけて、さらに急増する可能性もありますから、医療機関の経営はさらに苦しくなります。今回の新型コロナ禍がきっかけになって、医療体制の再整備が進むのは間違いありません。

 東京女子医大病院では、全職員を対象に夏のボーナスを支給しないとする大学側の方針に対し、約400人の看護師が一斉に退職の意向を表明するという騒動が起こりました。その後、病院側は支給することを決めましたが、東京女子医大と同じように経営に四苦八苦している病院は少なくありません。新型コロナの影響で経営破綻する病院が続出する可能性もあり、医療機関の統廃合が一気に加速するでしょう。

■医療スタッフの働き方も見直される

 病院内でのマネジメントの見直しも急ピッチで行われています。近年、膨らみ続ける医療費をどうやって削減するかが大きな課題になっていました。新型コロナの影響で大学病院の収入が毎月10億円減っているということは、大局的に見れば10億円の医療費が節約されているともいえます。

 そうした状況下で病院が経営を維持していくためには、不要な人件費や設備費といった無駄を洗い出して省いていく必要があります。そして、「ダウンサイジングしてもやっていけるな」という感触を得ている施設も少なくないでしょう。

 また、コロナ前まではクスリを処方してもらうだけのために通院していた患者さんがたくさんいました。しかし、いまはそうした患者さんはほとんど来院されずに済んでいます。本当に通院する必要がある患者さんを見極めつつ、来院しなくても問題ない患者さんには通院しなくてもいい医療サービスを提供していく。これをしっかり実現できれば、人件費の節約にもつながって、生き残ることができます。

 地方の病院でも、こうした医療サービスで付加価値を高め、保険診療はもちろん保険外診療などさまざまなパターンの医療を提供できれば、経営を維持できるでしょう。

 さらに、医師や看護師を含めた医療従事者の働き方があらためて見直されるのは間違いありません。これまではやはり働きすぎだったのではないか。人員配置やローテーションを工夫すればうまく回る――。そう感じている医療機関も少なくありません。

 新型コロナは日本の医療体制にも大きな影響を与えるのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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