新型コロナの感染効率に関わる変異が世界中で起きつつある

新型コロナウィルスの電子顕微鏡拡大写真
新型コロナウィルスの電子顕微鏡拡大写真(米国立アレルギー感染症研究所提供)

 新型コロナウイルスの弱毒化が始まったのではないかとの報道が一部で見られている。日本国内で感染者数が増えている割に、重症者や死亡者が増加していないためだ。

 残念ながらウイルスの弱毒化を決定づけるようなウイルス学的なデータは現時点では報告されていない。一般に知られているように、PCR検査数のキャパシティーが増大したことにより多くの感染者を見つけられるようになり、軽症・無症状の感染者も多く発見されるようになったこと、新型コロナウイルス感染症に対する治療法が以前よりも適切になったことが大きいのだろう。

 しかし、新型コロナウイルスのゲノムに生じた弱毒化に向けた変異をうかがわせる研究報告が世界中でなされている。その一端を紹介したい。

 新型コロナウイルスに生じた変異の中で、最も集中的に調べられているのは、コロナウイルスの名前の由来ともなった突起状の「王冠」のような形状のスパイク(S)タンパク質である。Sタンパク質がヒト細胞の受容体と相互作用して、細胞との膜融合、すなわちヒト細胞への侵入に関与する。したがって、Sタンパク質の変異(アミノ酸置換)は、新型コロナウイルスの感染効率の上昇や減少に関与する可能性がある。

 同時にSタンパク質はウイルス表面に存在するため、獲得免疫応答を引き起こす抗原となる場合も多い。世界各地で開発が進んでいる新型コロナウイルスに対するワクチンの多くもSタンパク質をターゲットとしている。したがって、Sタンパク質の変異は免疫・ワクチンの効果を変化させる可能性もある。

 最近、Sタンパク質の変異について網羅的に検証した論文が公開された。80種類の変異を調べたところ、「感染効率の上昇に関与」と確認された変異は1つのみであった。その変異はヨーロッパを中心に感染拡大した新型コロナウイルスに見つかっているもので、日本にも3月以降に広がり、現在、日本で広がっている新型コロナウイルスは、ほぼすべてこの変異を持っていると考えられている。

 一方で、感染効率が減少する変異は数多く、20種類以上の変異は感染効率の減少に関与することがわかった。そして、それ以外の変異については感染効率に関して、ほぼ影響がなかったとのことであった。感染効率が上昇したものは、免疫応答に関しては特に変化がなかったが、いくつかの変異はいままでのコロナウイルスの免疫応答から逃れるような特徴を持っていた。

 しかし、上記の知見はすべて細胞を使った実験で、本当の生物を使った実験ではなく、病原性の変化についてはよくわからない。そして、単純にこれらの変異がどの程度、感染拡大、もしくは減少に関与しているのか、また、免疫応答やワクチンの効果にも影響を与えるのかもはっきりしない。ただ、このような変異の影響については、これまでのさまざまなウイルス学研究の知見から予測されていたことで、この新型コロナウイルスが特別に変わったウイルスであるわけではない。

 実際に新型コロナウイルスの変異する速度は現在も変わらず、他のコロナウイルスとほぼ同じである。現在も世界各地で感染が広がっているため、さまざまな変異ウイルスが生じると思うが、その変異の多くはウイルスの性質とは関連がないだろう。しかし、一部の例外の可能性はあるため、その変化を今後も調べ続けることは極めて重要である。

(東海大学医学部分子生命科学講師・中川草)

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