独白 愉快な“病人”たち

頭木弘樹さんは潰瘍性大腸炎で13年間入退院を繰り返し…

頭木弘樹さん 
頭木弘樹さん (撮影)八雲いつか
頭木弘樹さん(文学紹介者)=潰瘍性大腸炎

 今からだいぶ前のことですが、当時、僕は医師から「一生、親に面倒を見てもらうしかない」と言われました。今はおかげさまで自立していますけれども……(笑い)。

「潰瘍性大腸炎」は大腸の粘膜が炎症を起こして、びらんや潰瘍ができる難病指定の病気です。ですが、同病同士でも分かり合えないことがあるくらい軽度から重度まで差があって、僕はかなり重度の方でした。

 病気の始まりは大学3年生、1人暮らししている頃でした。インフルエンザから回復したと思ったら、下痢が始まったのです。後々、医師から聞くと、この病気は風邪が誘因のケースが多いそうです。

 若くて元気な20歳の僕は胃腸も丈夫な方だったので、初めは気にしなかったのですが、1カ月以上も下痢が続き、血便が出るようになったので、病院へ行きました。でも重い病名を言われるのが怖くて血便があることを言わなかったんです。今思えば、そこでちゃんと言っていれば、もう少し軽症で済んだかもしれないのですが、その後、治らないのでもう一度、病院に行ったものの、2度とも血便について申告しませんでした。

 しかも、これがこの病気の困った特徴のひとつなのですが、なぜかその後に血便も下痢もすっかり治ってしまったんですね。1カ月ぐらいは正常でした。再び下痢と血便が始まっても、「今回も治るはず」と放置してしまいました。

 その後、やはり治らないので3度目の病院に行きました。その時も結局、血便を言い出せず終わったんですが、あまりに下痢が続くということで医師に「注腸検査をしましょうか?」と提案されました。ただ、検査の内容を聞くと、カエルのお尻にストローをさして膨らますような検査と説明されて、お断りして帰ってきました。

 そのうちどんどん悪くなって、1日に30回ぐらいトイレに行き、血が混じるどころか血しか出ない状態になりました。熱は出るし、動けなくて家から出られない……。

 助かったのは、欠席が続いているのを心配して来てくれた友人のおかげです。ゲッソリした僕を見て、すぐに救急病院に担ぎ込んでくれました。腸内は大出血していて、血液検査をされた途端に貧血で倒れました。その後、例の注腸検査ですぐに「潰瘍性大腸炎」と診断され、即入院となりました。

 難病だと聞かされた時は「もう死ぬんだ」と思いました。でも、「今はもうこの病気そのもので死ぬことは少ない」と言われて、すごくうれしかったことを覚えています。ただ、「一生治らない。就職も進学も無理」と言われました。

 それから13年間、入退院を繰り返しました。主な治療は「プレドニン」という免疫を下げる薬の投与だったので、ひたすら人混みを避ける生活でした。まるで今のコロナ禍のような自粛生活が、僕にとっては普通の生活として何十年も続いています。抵抗力がないので水痘(水ぼうそう)になったり、副作用で視野がゆがんだり、骨粗しょう症になったり、いろんな病気になりました。発症から13年後には、副作用の強いプレドニンの量を減らすために手術をして、多少外出できるようになりましたが、今でも電車の中でゴホンと咳をされただけで怖いんですよ。僕のように免疫を抑える薬を飲んでいると、風邪をもらったら風邪だけじゃ済まないので……。

■カフカを読み返して絶望感に共感

 就職も進学も「無理」と言われた絶望的な入院生活で活路を見いだせたのは、中学生の時に読書感想文のためにいやいや読んだカフカの「変身」を思い出したことです。ある日、目覚めたら虫になっていた主人公がまるで自分のように思えたんです。

 読み返してみると、その絶望感にどっぷり共感できて夢中になりました。カフカの日記や手紙がまた面白くて、「ぼくは将来に向かって歩くことはできません。いちばんうまくできるのは倒れたままでいることです」というくだりをベッドの上で読んだら、まるで自分のことで、すごく心に染みました。

 僕が読んでいたことから、6人部屋の病室でドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」が大はやりしたこともありました。隣の病室にも広まり、看護師さんたちも驚いていましたけど、決して解決しない問題をクドクドグチグチ言い続ける暗い内容が難病を抱えた僕らにはハマったんです。

 お見舞いでいただく本やテレビの中の人は、病気でも頑張って明るく暮らす人や立ち直って希望を見つけた立派な人ばかり。まぶしすぎて見られないんです。

 そこへいくと、カフカやドストエフスキーは真っ暗で、光や希望がない。「それで何が救われるんだ?」と思う人もいるでしょうが、読んだって何も解決しないところが救いなのです。肩を貸して一緒に歩いてくれる優しさではなく、倒れたままにしておいてくれる優しさ。

 暗い道で1人では怖いけれど、2人なら心強いでしょ? 古典文学は光じゃなくて、暗い道で一緒にいてくれるものだと思います。

 病気からは何も学ばなくていいんじゃないかな。海で溺れた人に「ついでにアワビとってきて」と言っているようなものだから……(笑い)。

 (聞き手=松永詠美子)

▽かしらぎ・ひろき 筑波大学卒業。20歳で潰瘍性大腸炎を発症し、13年間、入退院を繰り返す。代表作は編訳した「絶望名人カフカの人生論」。著書に「絶望読書」「カフカはなぜ自殺しなかったのか?」などがあり、文学紹介者としてテレビやラジオにも出演している。近著に「食べることと出すこと」「落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ」がある。

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