上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

新型コロナの世界的な大流行は米中の経済戦争が影響している

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大に歯止めがかかりません。各国が対策に追われている中、日本での感染者数に対する死亡率が低いことが注目されています。厚生労働省の発表によると、日本での死亡率は1・9%(8月21日現在)で、3%を超えている米国など欧米の先進国と比べて明らかに低い数字が出ているのです。

 日本で新型コロナウイルス感染症による死亡者が少ない理由はどこにあるのか。ノーベル医学生理学賞を受賞している京都大学の山中伸弥教授が指摘した「ファクターX」については、専門家がさまざまな意見を話しています。もちろん、理由はいくつもあるでしょう。そのうえで、私は「日本は社会全体が極端に2つに分かれてはいない」ところに一因があるのではないかと考えています。

 今の日本では、多少は所得格差やイデオロギーの違いがあるとはいえ、これらが分断するように2つに近い状態で分かれているわけではありません。そして、そのように極端に二分されている国では、たとえば米国など医療水準が一定レベルにある先進国であっても、死亡率が高くなっているのが事実なのです。貧困層や生活水準の低い層が、適切な医療を受けられなかったり、日頃から健康状態がハイリスクだった可能性が高く、死亡率を押し上げていると考えられるのです。新型コロナウイルス感染症で、死亡リスクが高くなるのは、超高齢者と基礎疾患がある人です。日本も含めたある程度の医療水準を維持している先進国では、高齢者が多く、高血圧や高血糖など生活習慣に関連した基礎疾患を持つ人が増えている傾向があります。つまり、新型コロナウイルスによる死亡リスクが高いゾーンの人口が多いのです。そうした“土台”に加え、社会全体が二分されている国では、生活水準が低い層の死亡数が上乗せされるため、その分だけトータルの死亡率が上がるというわけです。

■ウイルスによって人口の入れ替わりを強いられる

 このような状況を生んでしまった背景には、米国と中国による「経済戦争」があると考えられます。かつて、世界的に経済が冷え込む状況の多くは、戦争によって起こっていたといえます。戦争が始まると一時的に景気が沸き、終戦を迎えると全体的に冷え込んでいきます。戦争では人口動態の入れ替わりが起こります。働き盛りの世代が数多く亡くなることで、国を挙げて「産めよ増やせよ」が推奨され、全体が若返るのです。さらにさまざまな政策を実施して景気を上向かせ、国全体に力が蓄えられると再び戦争に臨む――世界はこのような歴史を繰り返してきたのです。

 しかし、時代を経て世界中が巻き込まれるような武力を用いた大規模な戦争はなくなりました。代わりに登場してきたのが経済戦争で、近年は米国と中国が激しい戦争状態にあります。新型コロナウイルスの世界的な大流行とそれに伴う経済の冷え込みは、その戦争が大きく影響しているといえます。米中の経済戦争の影響によって各国の経済が乱高下し、貧富の格差が大きくなります。経済に余裕がなくなることで、専門家が必要性を訴えていた新興感染症に対する構えがおろそかになり、そこに新型コロナウイルスが現れ、社会における最も弱い層を中心に崩壊が進んだと考えても無理はありません。

 これは、かつて人間が歩んできた歴史の繰り返しといえます。以前に経験した武力戦争による人口動態の入れ替わりは、年月を経て自国主義の経済戦争によって増幅された二極化をもたらしました。その結果として、経済弱者や健康不安者が対象となり、未知の新興感染症に人口動態の入れ替わりを強いられたと言えるでしょう。ただし、この先には戦後に人々が必ず成し遂げてきた「復興」という2文字は見えてこないのです。

 今回の新型コロナウイルスの世界的な大流行は、世界の情勢や経済が再編されるきっかけになるのは間違いありません。目の前の感染対策はもちろん重要ですが、アフターコロナの時代をどう生き抜いていくのかを大きな視点で考える必要があると考えています。

■好評重版 本コラム書籍「100年を生きる 心臓との付き合い方」(セブン&アイ出版)

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事