【Q】合った眼鏡を掛けていないと介護状態になるって本当ですか?(63歳男性)
【A】転倒をきっかけに寝たきりになって介護が必要になり、さらに認知症も進行し、全身が弱って死亡する人も少なくないと言われています。
実際に、60歳以上の高齢者では転倒に伴って太腿の付け根にある大腿骨頭に骨折を負うことが多いのです。高齢者の受診が多い当医院でも、転倒して大腿骨頭骨折になったので今月の通院を断念する、という電話を戴くことが毎月1例程度はあり、少ないとは言えません。数カ月後に回復して再来されれば、私は寝たきりにならなくて良かったと手を取って喜びます。
転倒が主な原因で亡くなった人は平成17年にはおよそ1万人、これだけで交通事故で亡くなった人の実に2倍近くです。しかも、直接死亡しなくても寝たきりの状態になってしまった人はさらに多数であろうと推測されます。
高齢者の転倒の主な原因には、①加齢と運動不足による身体機能の低下、②病気や薬の影響、つまり、高血圧薬や睡眠薬によるふらつきなどがあります。
私はそこに、③視力(視機能)の低下、を加えたいと思います。
視力低下には白内障などの眼疾患による場合と、適切な眼鏡が使用されていない場合が含まれます。裸眼の視力が悪くても眼鏡を全く使わないで暮らしているという方は少なくありません。
また、過去に作った眼鏡が既に合わなくなっているのに、まだ作り変えてはいないという方もしばしば受診されます。
中高年になって白内障が進めば矯正しても視力が出ない状態になりますが、徐々に見えづらくなると、人は意外とそれに気づかず、見えづらいまま暮らしているという方もおいでです。視力の低下以外にも、知らないうちに視野が狭くなっていたり、ものがダブって見えていたりということもあります。物が良く見えない状態で暮らしていますと、室内で布団やわずかな段差につまずいて転倒するというようなことにもなりかねません。
高齢者の転倒は、自宅内の廊下が23%、寝室が14%、居間12%、トイレ9%など、多くの場合、屋内で起きているのだそうです。高齢者の転倒は大腿骨頭骨折に繋がりやすく、そのまま立ち上がれなくなり、寝たきりになることで認知症を誘発することにもつながります。ヒトは移動するときに視覚からの情報を頼りに無意識のうちに状況を判断し、足を上げたり障害物をよけたりしています。ですから、ご質問の「合った眼鏡をかけていないと介護状態になる」という文章はあながち見当外れとは言えません。
岩手県の眼科医鈴木武敏氏らは2019年の臨床眼科学会で、つまずきやすさの因子として、つま先75cmでの視力、立体視、視野障害の順に関係が深いということを発表しました。井上眼科病院名誉院長若倉雅登氏はそれを受けて、「転落転倒の危険があれば、自ずと行動範囲は狭くなるだろう。視覚の不都合や疲れがあれば、そうした気力も萎えるかもしれない。そういう意味でも眼鏡のような副作用のない器具で矯正できるものを面倒がるとか、治療できる眼疾患をいい加減に放置しておくことは、その人の人生にとって決して得ではないことがわかるだろう」と述べています。
私も全く同感に思う所です。「まだ見えているから大丈夫」と自己判断せず、定期的に眼科を受診して目に疾患が出ていないか確認し、何もなければその人に合った眼鏡やコンタクトレンズを使用して暮らしていただくことは、転倒予防の観点からも、大変重要なことと思います。
みんなの眼科教室 教えて清澤先生