上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

先進的な医療には「ヒト・モノ・カネ」が余計に必要になる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 医療の進歩によって、心臓疾患の治療もどんどん進歩しています。たとえば、循環器内科が実施する「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)という血管内治療がその代表といえるでしょう。近年、高齢者で急増する大動脈弁狭窄症の患者さんに対し、カテーテルを使って人工弁を留置する治療法で、2013年10月に保険適用となりました。

 大動脈弁狭窄症は、息切れや胸の差し込みを加齢による変化だと思い込み、放置していると突然死することもある怖い病気です。TAVIは胸を切開しなくて済むうえ、悪くなった弁を交換する弁置換術のように人工心肺を使って心臓を止める必要もありません。体への負担が少ないため、高齢者ら手術のリスクが高い患者さんにとっては、福音といえる治療法です。

 ただし、TAVIには多くのコストがかかります。治療費は70歳未満で健康保険を使った場合は約180万円、高額療養費制度を利用すれば約14万円(年齢や所得によって変わる)ですが、実際にかかる医療費は1人当たり600万円以上と極めて高額です。患者さんにとっては、従来の手術に比べて負担が少ないスマートな治療法ですが、医療費の観点から見ると保険財政には負担が大きな治療法といえるでしょう。

 TAVIのような先進的な医療が実現するまでには、「ヒト・モノ・カネ」が揃って大きく動いています。まずは先進的な技術の開発が必要で、そのためには莫大な開発費がかかります。また、そうした先進的な医療を行うためには、特別な医療機器を揃えなければなりません。さらに、実際の現場で安全性や効果を検証する臨床試験が必要で、この費用も相当かかります。

 そのうえ従来とは異なる技術を要する新しい特殊な治療法なので、それをきちんと実行できる医師を育てるための訓練が必要です。しかも、そうした先進的な治療法をいったん行えるようになったとしても、それを改良したものが登場すると、また同じように「ヒト・モノ・カネ」が少しずつ必要になります。

■スマートに進化して患者の身体的な負担は減ったが…

 先進的な医療のほとんどは、従来の大掛かりな治療法に比べて、低侵襲でスマートに進化したものといえます。スマートになって患者さんの負担が少なくなった分、病気が再発したときに再治療ができる可能性が高くなります。ただ、再治療ということは、1度目と同じかそれ以上の医療費がかかりますし、治療のハードルが高くなるため実施する側にはエキスパートな対応が求められます。より確実性が高い先進的な医療技術、医療設備、医療器具などが必要で、そうした経費もゼロというわけではありません。つまり、先進的な医療は「ヒト・モノ・カネ」の資源が余計にかかる医療ともいえるのです。

「ハイブリッド手術室」がその一例です。外科治療=手術と、内科治療=カテーテルを使った血管内治療を同時に行うことができる設備で、胸部大動脈瘤と腹部大動脈瘤に対する「ステントグラフト内挿術」や「TAVI」といった治療に活用されていて、先進的な心臓治療を行うためには欠かせないものになっています。そんなハイブリッド手術室の設置費用は十数億円かかります。従来の手術室の設置費用は3億円程度でしたから、必要経費が5倍以上に膨れ上がっているのです。

 いまはそうした先進的な医療の背景について、行政が国民に広く伝えてはいませんし、医療者側も患者さんに説明する機会が与えられていません。

 しかし、先進的な医療によってもたらされる恩恵は、そうした莫大なコストがかかった末に受けられるということを、患者さん側は理解しておく必要があるでしょう。

 この先、さらなる医療の進歩によって保険診療による医療費が多くかかる先進的な治療法がどんどん登場していけば、患者さんの自己負担額は増えていくことになるでしょう。より低侵襲でスマートな医療を受けるためには必要な負担であることを、患者さんには理解してもらわなければならないと考えます。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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