医療の進歩にともなって心臓疾患の治療もどんどん進化していると、これまで何度かお話ししてきました。その代表的なものに、循環器内科が行う「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)という血管内治療があります。
大動脈弁狭窄症の患者さんに対し、カテーテルを使って人工弁に交換するので胸を切開しなくて済むうえ、人工心肺を使って心臓を止める必要もありません。体への負担が少ないため、高齢者などのリスクが高い患者さんも治療を受けられるようになりました。
TAVIの登場によって、心臓血管外科医が実施する手術も少しずつ変わってきています。大動脈弁狭窄症で弁を交換する弁置換術を行う場合、生体弁を選択するケースが増えているのです。
これまで、生体弁は40代前後の働き盛りの年代では12~15年が経過すると劣化が避けられないことから、将来的に再手術が必要でした。そのため、寿命の長い機械弁を選択する患者さんも少なくありませんでした。しかし、TAVIの登場で、生体弁が劣化しても再び開胸することなく新しい生体弁に交換することができるようになり、生体弁を勧めるケースが増えました。
最初の手術で機械弁を使った場合は、何かトラブルが起こってもTAVIは行えません。ですから、将来的にTAVIの実施が可能な患者さんには、最初から生体弁を選択する傾向にシフトしているのです。
もちろん、将来的なTAVIの実施に合わせて無理やり手術法を変えているわけではなく、最優先しているのは現時点での患者さんの満足度を向上させたり、術後の生活の質を損なわないような治療で、なおかつエビデンス(科学的根拠)が確立されている方法を提供しています。TAVIの登場によって手術の選択肢が増えたと言ったほうがいいかもしれません。
TAVIの最大のメリットは「負担が少ない」=「低侵襲」なところです。体への負担が少なければ、それまで決定的な治療ができなかった高齢者や慢性疾患がある高リスクな患者さんも治療が可能になります。そのため、外科医が行う手術も低侵襲化の方向に進歩しています。
たとえば、人工心肺装置は使わずに心臓を動かしたまま手術を行う「オフポンプ手術」の導入がそのひとつです。心臓を止めている時間が短ければ短いほど、患者さんの負担は小さくなります。また、それまで大きく切開して行っていた手術をより小さく切開する「MICS(ミックス)」や、患者さんの体温を下げて血液循環を止めて行っていた手術を、体温をできるだけ下げずに実施することも負担を軽減します。
■治療の質が落ちてはいけない
こうした低侵襲化を進めるには、医療者側にさまざまな工夫が必要で、技術的にもハードルが高くなります。しかし、だからといって治療そのものの質が落ちてしまっては本末転倒です。いかに質を落とさずに患者さんの負担を減らしていくかが重要になります。
たとえば、詰まったり狭くなって血流が悪くなった血管に迂回路をつくる「冠動脈バイパス手術」では、バイパスとして使う血管を内胸動脈にすれば、術後30~40年経っても心筋梗塞などのトラブルを起こさずに天寿を全うできるケースがほとんどです。これはすでに完成された医療といえるでしょう。そんな完成された手術をさらに進歩させた形として、切開する部分をより小さくしたり、手術時間をできる限り短くするなどして提供しているのです。
患者さんにとって低侵襲な治療は回復を早め、生活の質を損なわずに済むメリットがあります。しかし同時に、従来の治療に比べて質が落ちていないか、経過が悪い医療を強制されていないかどうかをしっかり監視する必要があります。
かつて胃がんの手術では、胃をすべて摘出する方法が王道でした。これなら、医療者側は「がんはすべて取り除きました。がんができる胃はないので再発もありません」と断言できてしまいます。しかし、近年は必要以上に胃は切り取らず、機能を残したほうが術後の生活の質が高くなることがわかっています。再発のリスクはありますが、5年後、10年後を見てみると、胃を全摘出した人のほうががん再発以外の要因で早く亡くなっているというエビデンスが示されたのです。
患者さんの負担をより小さくしつつ治療の質をアップする。なおかつエビデンスで証明される。それが「手術の進歩」なのです。
■本コラム書籍化第2弾「若さは心臓から築く」(講談社ビーシー)発売中
上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」