上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

若手医師が目指して進む「新しい医療」はたくさんある

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 外科手術は患者さんの負担をより小さくする「低侵襲化」の方向に進化していると、前回お話ししました。ただ、低侵襲化のベースになっている狭心症などに対する冠動脈バイパス手術や心臓弁膜症に対する弁置換術などは、どう処置すれば心臓の機能がしっかり回復するのかに関するエビデンス(科学的根拠)が積み上がっていて、基本的には完成された手術といえます。

 そうした現状では、いまの若手医師たちが「新しい手術」を考え出したり、完成させることはできないのではないか。次代の外科医はどこを目指して進んでいけばいいのか、といった声も聞こえます。しかし、若手にはまだまだ開拓すべき医療がたくさんあるのです。

 たとえば、われわれ人間が存在する限り、新たな病気は必ず表れます。寿命がもっと延びてさらに高齢化が進んだり、海外との交流がさらに進んで多様な人間が増えることで、これまで見たこともないような病気が表に出てくる可能性があるのです。

 もちろん、そうした新たな病気が表れないように1次予防を徹底することがまずは大切なのですが、それでも出てきてしまったときは、医師には前向きな取り組みが求められます。いまの新型コロナウイルス感染症もそのひとつといえます。コロナウイルスそのものは、いままでも存在していたウイルスで、いくつもあるコロナウイルスによる感染症も経験しています。しかし、今回の新型コロナウイルスは感染力が高く、致死的な肺炎を起こす可能性があるウイルスでした。それを制御できずに世界中で蔓延して、人々の日常生活を大きく変えてしまった。それくらい影響力の強い新しい病気が、ある日いきなり飛び出してくる可能性が外科の領域でも十分にありえるのです。

 ほかにも、手術によって患者さんを「若返らせる」方法があるかもしれません。われわれは年齢を重ねていくと臓器も年を取っていきます。しかし心臓は、筋肉そのものの衰えはあるにしても、いまの日本人の平均寿命よりも長く働けるだけのポテンシャルがあります。そんなポテンシャルをしっかり発揮できるような環境を手術でつくってあげれば、心臓とともに全体を若返らせることが可能になるかもしれないのです。

 動脈硬化の抑制がその手段のひとつでしょう。加齢とともに動脈が硬くなると、心臓疾患だけでなく、脳卒中や足の末梢動脈疾患など全身の疾患につながります。手術を行う際、動脈硬化が起こっている部分を退縮させるような局所治療を同時にできれば、血管は若返ります。

 同じように、加齢とともに衰えてくるほかの臓器のパーツを、手術をするときにこの先20年、30年は問題なく働けるように整える処置を行う。これまでは、切開して悪い臓器を治したり取り除いたり、悪くなったパーツを形成したり交換して、縫って元に戻す、というのが手術でした。それプラス、手術で対象にしている臓器を若返らせる何らかの処置を行えば、全身を若返らせることができるのです。

■いまの医療界は未来のビジョンを見せらていない

 もちろん、現時点ではそういった若返りを可能にする処置や方法はありません。しかし、そんな発想を常に持っておくことが大切です。たくさんの人がそうした発想を持っていれば、いつか誰かが実現できるようになるのです。

 たとえば、iPS細胞をシート状にして手術で心臓の表面に貼り、心筋を再生させる再生医療は、まったく新しいジャンルの治療法といえます。30年前にはとても考えられなかったような治療が、現実になりつつあります。たくさんの人たちの発想が現実になり、現実になったら次は確実性を高めていく。さらに、それが広く患者さんに使えるようになるまでの期間を短縮させる。これは次代を担う医師たちがやるべき仕事です。もしも動脈硬化を抑制する細胞が見つかれば、それを手術中に血管に植えることで動脈硬化を改善させる新たな治療が登場するかもしれません。

 われわれの世代は、こうした未来の医療のビジョンをマンガやアニメ、小説の中で垣間見て、それを現実と照らし合わせ、「まだそこまでは進んでいないな」「これは実現したぞ」といった確認をしながら進んできました。しかし、いまはそうしたビジョンを若手医師やこれから医師を目指そうという人たちに具体的に見せられていないのが現状です。これは、医療界全体の責任といえるかもしれません。

■本コラム書籍化第2弾「若さは心臓から築く」(講談社ビーシー)発売中

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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