がんと向き合い生きていく

「O-リングテスト」がん治療に有効である科学的根拠はない

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 ある日、高校の同級生から「友人のBさんが電話で相談したいことがあるのでよろしくお願いしたい」というメールが届きました。

 Bさん(70歳・男性)は、理系の大学を卒業し、その後は長い間、大学の研究所に勤めていたそうです。定年退職後は科学系の雑誌の発行に携わり、学校で講演をされたりもしている方とのことでした。数日後、Bさんから電話があり、相談はこんな内容でした。

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 私は某がん拠点病院で肺がん「ステージ4」と診断され、現在、標準的抗がん剤治療を行っている。自分では治療内容には問題ないと思っている。しかし、医師から「手術できない」と言われたこともあり、いろいろな情報を集めてみた。そのうちの「O-リングテスト」(オーリングテスト)について意見を聞きたい。

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 Bさんは、「O-リングテストは副作用がない方法だ」と言われ、とても乗り気になっておられるようでした。

 Bさんが得た情報では、熟練者がO-リングテストを行えば、いまの治療薬がその人の体に合っているか、薬の量はそれでよいのか……といったことが分かるといいます。また、O-リングテストでは、がんの存在する場所が病院の精密検査以上の正確さで分かるともいうのです。

 私は以前、O-リングテストについて書かれたある精神科医師の著書を読んだことがあります。 まず患者が親指ともう1本の指先でアルファベットの「O」のような丸いリングをつくります。次に診断する側も同じようにリングを両手でつくり、患者がリングをつくっている2本の指を左右に開こうと引っ張ります。開かれまいと抵抗する患者の指の筋力の変化を読み取ることによって、指の輪が離れるかどうか、その指の筋力などから体の状態が分かるというものでした。もしかしたら、精神科領域での治療に有用な場合があるのかもしれません。

 また別の書籍では、たとえばある人が右手でO-リングテストを行ったとき、左手にたばこを持っていた場合は、何も持っていない場合に比べて力が入らない。これは、その人の体にとってたばこは良くないことを表している――と書いてありました。

■患者が不利益を被る可能性も…

 私にはとても信じられません。これを科学的に証明する論文もないのです。Bさんは、科学的根拠のあるしっかりしたがん治療法を行っているのに、信じ込んだO-リングテストの結果によって薬の量を変えたりしたら、不利益になってしまうのでは……とても心配になりました。

 がんを治す目的で、O-リングテストと漢方薬を勧める医師もいるようです。O-リングテストを支持するある医師は、抗がん剤治療や放射線治療よりも、漢方薬の方が治療成績は良いと言うのです。もしもそうであるならば、それを唱える医師たちは、まずしっかりした科学的な証拠を出すべきです。そして、がんの専門の学会で議論されるべきだと思います。

 漢方薬は、それなりに体調を整えるのに役立つかと思いますが、がんを治すのは無理なのです。 Bさんのように、科学的な仕事をされてきた方でも、ご自身ががん患者となり、ステージ4と告げられ、「治らない」と言われると、科学的根拠がはっきりしない手法にまで興味を示すのは無理もないのかもしれません。しかし、そこがO-リングテストを勧める側の付け目になるのだと思います。

 私はBさんの相談にこう答えました。

「科学的根拠がない、そして副作用がないということ、そこからまず『怪しい』と疑わなければなりません。私は、少なくともがん治療においてO―リングテストが有用とは思えません。まずは現在治療を受けている担当医と相談するべきです。もしO-リングテストを受け、その結果で薬の量を変えるようなことがあれば、そしてそのことを担当医が知らなかったとなれば、お互いの信頼関係が崩れます。被害に遭うのはBさん自身なのです」

 担当医と副作用についてもよく相談しながら、科学的根拠のある治療をしっかり受ける。それが大切だと思います。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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