Dr.中川 がんサバイバーの知恵

池江璃花子は順調に回復 白血病AYA世代の妊娠・出産対策

池江璃花子
池江璃花子(代表撮影)

「2年前の自分に、2年後はもっと笑顔になれるよって伝えてあげたい」

 競泳女子の池江璃花子さん(20)が8日、自らのSNSを更新。2年前のこの日は、ちょうど白血病が発覚した日で、どん底から頑張って競泳生活に戻った自分にエールを送っています。

「1年前はまだ退院して間もなくて、免疫抑制剤も飲んでたし、吐き気もあったかなぁ? よくここまで頑張った」

 その前の日の7日に行われた大会では、50メートル自由形で東京五輪の派遣標準記録に迫る好記録で2位に入るなど、体力も順調に回復しているのは何よりです。

 池江さんが白血病を発症したのは18歳。15~39歳を英語の頭文字をとってAYA世代と呼び、この世代のがんが注目されています。15歳以上のハイティーンと14歳以下は白血病がトップ。さらにハイティーンと20代は、男女とも生殖器のがんも多いことが知られています。AYA世代のがんで問題になるのが、妊娠できる可能性(妊孕性)をいかに残すかということです。

 一般論として白血病やリンパ腫など血液腫瘍の治療として骨髄移植がなされるケースでは、その前処置として大量の抗がん剤投与と放射線の全身照射が行われます。そのダメージにより、女性は卵巣機能、男性は精巣機能が損なわれやすいのです。

 ほかのがんで行われる抗がん剤でも、卵巣や精巣の機能が低下しますが、多くは時間とともに回復。無月経、無排卵症、無精子症になることはまれです。

 しかし血液腫瘍の場合は、治療のダメージが強く、高頻度で回復しないケースが報告されています。その大きなリスクが「全身や骨盤への放射線照射」「骨髄移植のための化学療法」で、抗がん剤では特にブスルファンやシクロホスファミドなどの薬剤が、高リスクです。

 そこでAYA世代のがんでは、妊孕性を温存する対策が欠かせません。男性は治療が始まる前に精子を採取し、凍結保存すること。女性で配偶者がいるケースは、卵子を採取し、パートナーの精子と受精させた受精卵として凍結保存するのが1つ。2つ目が、未受精卵の凍結保存です。さらに最近は、卵巣組織そのものの凍結保存も一部の施設で行われています。

 東大病院では、骨髄移植に伴う放射線の全身照射を行う際、卵巣を金属ブロックで遮蔽する研究を実施。その結果、移植後早期に卵巣機能が高度に回復したのは8人中6人で、このうち2人はその後結婚され、健康な子供を出産されました。

 こうした治療によって妊娠や出産をあきらめることはありません。白血病には大きく4種類あって、たとえば池江さんと同じタイプで若い方なら7割が治りますから、将来の妊孕性を残しつつ、前向きに治療に取り組むことが大切。これが、AYA世代のがん治療でのポイントです。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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