独白 愉快な“病人”たち

もう歌えないかもと涙…エドアルドさん多発性硬化症と闘う

エドアルドさん
エドアルドさん(C)日刊ゲンダイ
エドアルドさん(歌手・37歳)=多発性硬化症

 ある朝、急に右手の感覚がおかしくなりました。しびれていて、目ではコップを持っているのが見えているのに、手にはその感覚がなくて何も持っていないような変な感じでした。

 初めは寝相が悪くて知らぬ間に手を圧迫していたのかもしれない……と思ったのですが、時間がたっても治りません。物を掴んでも落としてしまうし、食事どきにはお箸の持ち方が分からなくなってしまい、ただのしびれじゃないと思いました。気づくと、右半身が頭のてっぺんから足の先まで全部しびれていたのです。

「これは脳の病気かもしれない」と思って、すぐに近所のクリニックに行って脳のCTを撮ってもらいました。でも、脳には異常がないと言われました。一応、ホッとしたものの「じゃあ、このしびれは何?」と思って、1週間しないうちに大学病院に行きました。紹介状もなかったのですが、症状を訴えると診察がかない、問診の後にMRI検査になりました。するとすぐに「多発性硬化症」という診断が出て、「即入院してください」と言われたのです。

 この病気は、中枢神経を覆っている髄鞘という膜が炎症を起こして剥がれ、神経がむき出しになることで脳からの信号が伝わりにくくなったり、異常な信号を伝えてしまう病気です。

「悪化すると自力では動けず車イスの生活になることもあります」と先生に言われたときの衝撃は言葉にできないほど強くて、「動けなくなる、ということは歌えなくなる?」と想像してしまって、そのほかの話が何も入ってきませんでした。

 それでも、「即入院」を2日延ばしてもらって、仕事のことや入院の準備をしました。マネジャーとの電話では涙、涙……。

 じつは入院当日は、ライブ配信をするという大事な日だったのです。

 大勢の歌手が出演するライブではありましたが、私にとってはコロナ禍で初めての配信ライブ。出演できることを楽しみにしていた分、落胆が大きく、病室でひとりその配信を見ながら、「もう歌うチャンスはないのかもしれない」と泣いてしまいました。

 先生のお話でも、「治療の効果は人により違い、期間がどのくらいかも含めて、ハッキリしたことは何も言えない」とのことで、不安は募るばかり。予定では15日間の入院と言われましたが、スラスラ書けた日本語も書けなくなってしまい、このまま悪化していくことしか考えられなくなりました。

 しびれの原因は、脊髄の上から5番目の骨と骨の間の炎症だったようです。その炎症を抑えるためにまずは3日間ぶっ通しのステロイド点滴が行われました。その後は錠剤のステロイドになりましたが、その効果を見るために3日に1回、脊髄液採取をするのがいちばんつらい治療でした。大きな注射で脊髄液を採られるので、ものすごく痛いんです。リラックスしていないとちゃんと採取できないようで、何時間もベッドで丸まっていたこともありました。しかも、終わった後がまた痛いのです。

 でも、2回目の脊髄液採取で少し数値が良くなったと聞いたとき、初めて希望が見えました。少しずつでも良くなれるなら……と、治療にもリハビリにも積極的になりました。

■たくさんの温かい言葉がいちばんの薬だった

 いちばん効いた薬は、ファンの方々のたくさんの温かい言葉でした。声やメールが届いて、「ひとりじゃない、みんなが心配してくれている」と思ったら、自然と力が湧いてきたのです。

 病院でもちょっとした良いことがありました。病棟フロアの談話スペースでテレビを見ながらくつろいでいると、偶然、私が以前出演したNHKの歌番組の再放送が流れ始めたのです。マスクで顔半分は隠れていましたが、私を見て「似てるね」とほほ笑む人がいたり、私がここにいるとは知らずに「この人、歌がうまいね」なんて話している人たちもいて、とても幸せな気持ちになりました。また、ブラジルでは歌仲間が私のためにライブ配信で寄付を集める活動をしてくれて、「治療費に」と送ってくれたりもしたのです。

 入院した時には悲しみだけだった気持ちが、きっと病気を治して必ずみなさんにより良い歌を届けようという気持ちに変わって、治療のモチベーションになりました。今は病気も、私という人間がもっと良くなるために与えられた試練だったと受け止めています。

 退院当初は、右手はまだ思うように動かず、お箸も使えませんでしたが、自宅でリハビリを頑張って、徐々にお箸が使えるようになりました。字を書くのは時間がかかりましたが、やっと、つい2~3週間前に書けるようになりました!

 炎症の場所が違っていたら、声に影響が出たかもしれません。歩行や排泄ができなかったかもしれません。そう思うと、「自分はこれくらいで済んだんだ」と救われた気持ちになりました。先生いわく「早期だったからよかった」とのこと。コップで水を飲む、たったそれだけのことがどれだけ幸せか、私は学びました。

(聞き手=松永詠美子)

▽エドアルド 1983年、ブラジル生まれ。実母と離れ、日系ブラジル人の家に育ったことから演歌に触れる。2010年に演歌歌手になるべく来日。アルバイトをしながらプロ歌手を目指していた14年、カラオケ大会でチャンピオンになりプロの目に留まる。本格的なレッスンを受け、15年に「母きずな」でデビュー。翌年、第49回日本有線大賞新人賞を受賞した。最新シングル「しぐれ雪」が発売中。

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