上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

活動的で質の高い生活にはより良い「視力」が欠かせない

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 今年の正月休みに右目の手術を受けて実感したのは、より質の高い生活を送るためには「しっかり見える」という状態が欠かせないということです。

 もともと私は強度の近視で、老眼も重なった40代後半からは遠近両用の多重焦点コンタクトレンズを使っていました。それが、1年ほど前から右目の視野に小さな“ずれ”が生じ、去年の11月ごろには暗くなってくると物が見えづらくなり、右目の視力が0・2くらいまで落ちてしまいました。

 加齢によって硝子体が変化して、網膜の中心部である黄斑に小さな丸い穴が開いてしまう「黄斑円孔」という疾患が原因でした。また、少しだけ白内障もあったため、順天堂医院の眼科で眼内レンズを入れる手術を受けたのです。

 手術を決断するに当たって、「もしもこのまま回復がおぼつかないようなら、外科医としての寿命は終わりかな」と考えていました。目の衰えが引き金になり、手術から引退する外科医は少なくありません。いまは手術の際に装着する拡大鏡やヘッドライトといった補助機器が大きく進化しているため、以前よりも視力低下の影響は小さくなっていますが、それも限界があります。何より自分で満足できる手術の“仕上がり”が望めないかもしれないと思うようなら、メスを置かなければなりません。ですから、今回の目の手術は、自分の“外科医生命”が懸かっていたのです。

 おかげさまで手術は問題なく終わり、視野のずれが完全になくなって、手元がすごくよく見えるようになりました。今後もより質の高い手術を続けられると自負しています。

 いまは眼内レンズが入っていない左目だけに多重焦点コンタクトレンズを装着して手術を行っています。手術は手元の距離を見るケースばかりなのでまったく不具合はないのですが、遠い場所を見る機会がある日常生活では、まだちょっとだけ見え方に違和感があります。

 たとえば、急にパッと後ろを振り返って遠くの何かを見たとき、ピントの合い方が以前とは違って若干の誤差があるのです。キーボードで文字を打ち込んで変換を実行したときにわずかなタイムラグがある……といった感覚に似ています。目から入ってきた視覚情報は瞬時に脳で処理されて認識されます。いまの見え方に脳が順応するには、もう少し慣れが必要なのでしょう。

■機能の低下が生活の質の低下に直結

 好きなゴルフでも、まだ違和感があります。術後3週間以上が経過してから解禁したのですが、ボールを打つ時は手元の距離よりも少しだけ遠いところに焦点を合わせなければならないので、少し見づらく感じます。また、打ったボールを目で追った時も焦点の合い方にタイムラグがあります。ただ、近いうちに右目だけ近視用のコンタクトレンズを入れて調整する予定なので、徐々に慣れてくるでしょう。

 手術前は視力低下の影響でスコアが伸び悩んでいた時期があったので、視力が戻って見え方に順応すれば、スコアアップが期待できます。手術と同じくゴルフも完全復活できる日が楽しみです。

 私の場合もそうでしたが、仕事でも趣味でも日常生活でも、視力は極めて重要です。まず動物が生きるうえで、敵か味方か、危険か安全かを判別するためのスタートラインは視認することです。さらに、単に生きるためだけでなく、より高度な行動をする際や、自身が持つ身体能力を最大限に生かすためにも、視覚情報が欠かせません。つまり、質の高い活動能力のためには、より良い視力が必要なのです。

 健康というものは、失って初めてありがたみが分かるといわれます。視力はまさにそうで、機能の低下が生活の質の低下に直結してしまいます。しかも、若年層から高齢者まですべての年代で該当します。

 視力の低下をメガネやコンタクトレンズで矯正できているうちはいいのですが、目をはじめとした疾患が原因で十分な矯正ができなくなった場合、なるべく早く手当てすべきです。目の疾患による視力の低下は、たとえば心臓の不具合のように直接生死には関係しません。しかし、活動的に質の高い生活を送るためには、視覚情報は重要なのです。目の手術を通して、あらためて痛感させられました。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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