Dr.中川 がんサバイバーの知恵

西郷輝彦が渡豪を発表 前立腺がん転移に有望な核医学治療

西郷輝彦
西郷輝彦(C)日刊ゲンダイ

「このたび、最先端治療を受けるため、オーストラリアに来ました」

 俳優の西郷輝彦さん(74)が、所属事務所を通じてこんなコメントを発表しました。2011年に前立腺がんを摘出したものの、再び前立腺がんのマーカーが上昇したことから、日本では未承認の治療を求めて、オーストラリアに渡ったそうです。

 未承認の治療とは、何なのか。恐らく放射能標識PSMA標的療法だと思われます。

 前立腺がんは比較的、穏やかなタイプもあり、それだと治療をせず経過観察のみで寿命をまっとうできることも珍しくありません。

 しかし、全身に転移する悪性度の高いタイプは、生存率が低いことが知られています。後者に行われるのが、この治療法です。

 2019年に米サンフランシスコで行われた泌尿生殖器がんシンポジウムで、この治療法の試験結果が報告されました。対象は、標準治療を受けたにもかかわらず進行した人で、いくつか条件があります。一つは、前立腺特異的膜抗原(PSMA)が陽性で、転移があり、去勢抵抗性であること。

 PSMAは、前立腺がんが出す特殊なタンパク質です。陽性とはそれがある人で、ない人は対象になりません。去勢抵抗性とは、ホルモン療法が効かないことを意味します。

 この治療に使われる薬剤LuPSMAは、低分子化合物にルテチウム―177という放射性薬剤を結合した構造で、PSMAを標的にします。つまり、ターゲットの前立腺がんの転移部分のみに放射性薬剤が集まり、正確に放射線治療をすることができるのです。

 低線量のガンマ線を放出する特徴もあります。装置でガンマ線をキャッチすると、治療しながら画像診断が可能に。医師は、がんが退縮しているかどうかを視覚的に確認できるのです。

 注目の結果は、生存期間の中央値が13・3カ月で、比較したグループの9カ月より4カ月長い。わずかな成果と思われるかもしれませんが、この治療がなければ痛みを除く緩和ケアしかできない人ばかりですから成果は大きい。

 前立腺がんのマーカーのPSAが50%以上減少した人は50人中32人で、そのうち22人は80%以上低下。治療がうまくいった人では、中央値でおよそ7カ月、PSA値が増加しませんでした。末期がんの進行を抑えているのです。

 がんが進行した14人には、治療を追加。そうすると、9人はPSA値が50%以上減少。この人たちの生存期間は、33カ月でした。

 主な副作用は、悪心、疲労感、口渇で、10%に見られる重篤なものは貧血と血小板の減少です。治療効果の高さと副作用の少なさを考えると、きわめて有望な治療といえるでしょう。

 ところが、日本では放射性物質の取り扱いに法的な制限があり、この治療はできません。海外の承認から遅れて日本で承認されるドラッグラグの問題は解消されつつありますが、「核医学治療」は取り残されたまま。西郷さんの渡豪が、現状を打破するキッカケになることを願います。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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