最期は自宅で迎えたい 知っておきたいこと

主役は患者 食べるものも生活リズムもすべて好きなように

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 入院していれば当然ながら、患者さんの生活リズムは病院に合わせることになります。体温を測る時間、食事の時間、消灯の時間など、すべて病院側の都合になります。

 それが在宅医療だと、一転して患者さんが主役になります。どういう生活リズムにするかは患者さん次第。自分が着たい服を着て、自分が食べたいものを食べる。私たち在宅医療のスタッフは、患者さんがやりたいようにやれるよう工夫します。私たちは“管理者”ではなく、患者さんの個性に合わせて一緒に歩む“伴走者”だからです。

 私たちスタッフが常日頃から心掛け、意識していることがあります。それは、病院では患者さんが“お客さん”なのが、在宅医療では、私たちが患者さんの自宅に招かれる“お客さん”だということ。だからこそ、招かれざる客にならず、気持ちよく迎えていただけるよう、特に立ち居振る舞いには気をつけなければならないと考えています。誰でも嫌いな人を自宅に招き入れたくないと思うのが人情です。

 もしも受け入れてもらえなければ、在宅医療そのものが成立しない場合も出てくるわけで、患者さんに私たちがちゃんと迎えてもらえるか否かは、とても重要なポイントなのです。患者さんやご家族も、自宅で過ごすうちに入院中にはなかった「自分たちが主役だ」という意識が強まるのでしょう。病院だと患者は同じ病衣を着て、患者らしくしなくてはいけないのですが、自宅だと本来の自分らしさを取り戻せます。

 本棚がある家、絵画が飾ってある家、缶チューハイや大五郎などの焼酎のペットボトルが鎮座している家など、本当に千差万別です。それら患者さんの生活スタイルや大事にしていることなどを受け止めながら、あくまでも私たちがお客さんなのだという意識で診療を行っています。

 かつてこんな患者さんがいました。その方はアルツハイマー型認知症を患う92歳の独居の男性で、通いの家政婦さんに毎日身の回りの世話をしてもらっていました。

 入院先の病院から在宅医療の導入を勧められ切り替えたのですが、入院中はずっと寝たままで、テレビを見ることもなかったといいます。ところが退院して家に帰ったら、テレビで日時を確認したり、食べたいもののリクエストを出したり。訪問診療のスタッフが来る日には、ヒゲをそり、ワイシャツを着て、ピシッと身支度を整える――。

 入院していてはこのような生活スタイルは望めません。この患者さんの場合、在宅医療に切り替えたことで、患者さん自身の中に眠っていた生活を主体的に送ろうとする積極的な気持ちを取り戻せたのでしょう。

 その後、妹さんの強い要望で施設に入所されました。しかし、たとえ一時的だとしても、療養に対しても、生きることに対しても、積極的な気持ちを持てるようになった在宅医療の期間は、患者さんにとってさぞかし貴重で有意義な時間だったのではと考えるのです。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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