上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

厳しい指導は正面から向き合っていないとハラスメントになる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回お話しした若手医師の手術指導について続けます。

 基本的な手技と局所解剖の知識に問題がない若手はスタッフとして手術に参加させ、難しくない処置を実践させます。それも適切に行えていれば、次は指導医が付いて執刀を任せる段階に進みます。しかし、そこに至る前に、メンタルとフィジカルのコンディションをしっかり整えることができず、脱落してしまう若手がいるのもたしかです。そうしたタイプの若手は、外科医に向いていないと考えます。厳しいと感じるかもしれませんが、外科医は患者さんの命を預かるのですから、採点を甘くするわけにはいかないのです。

 厳しい指導というと、「スパルタ教育」「しごき」「いじめ=ハラスメント」といった言葉が連想されます。いったい、どこに違いがあるのでしょうか。あくまでも私見ですが、指導する側としてこんな見解を持っています。

 まず「スパルタ教育」は、指導する側と指導される側の双方に、「厳しい教育をする(される)」という暗黙の了解、合意があります。相撲でいえば「がっぷり四つ」に組んだ状態で、お互いがしっかり向き合っています。医師の世界でのお話をすると、当然ですが指導医の方が経験も技術も勝っているので、若手はしっかりと準備しないとコテンパンに打ちのめされます。指導医も患者さんの命がかかっているので決して手抜きはできません。いわゆる真剣勝負の形になります。

 そのうえで、ある程度の「結果」も保証されています。たとえば、厳しい指導を乗り越えれば必ず専門医になれるといったように、レベルに違いはあっても成果が見えているのです。

「しごき」はスパルタ教育をさらに厳しくしたものといえますが、指導される側にとって結果の保証がない状態といえます。場合によっては厳しい指導で潰れてしまうケースもあるなど、ゴールがあいまいで、指導される側が耐えられないことも少なくありません。

「いじめ=ハラスメント」は、最初から指導する側と指導される側がしっかり向き合っていません。お互いのメンタルやフィジカルなどに大きなズレがあり、強い立場にある指導する側の一方的な感情に左右されます。そのため、結果として指導される側には何らかの後遺症しか残りません。身体的な後遺症、精神的な後遺症、経済的な損失など、不利益しか生まないのです。ですから、極端な場合にはハラスメントを受けている側の心が折れて生命も危ぶむ……といった事態が起こるのです。

■手術では強烈なプレッシャーを受ける場面が必ずある

 私の指導は「厳しい」とよく言われます。不甲斐ない若手を怒鳴りつけることも珍しくありません。しかし、そうした厳しさを周りから評価してもらっているようで、最近は「患者さんのこと、自分たちのことをしっかり考えて、みんなが一番納得するゴールをちゃんと分かるようにしてくれている。だから先生の指導はわかりやすい。厳しくされるのは患者さんのためを思うから」などと言われました。指導する側として、指導される若手と真正面から向き合っているから、こちらの思いが伝わっているのでしょう。

 また、そもそも怒鳴られたり厳しい言葉を浴びたくらいで萎縮するようであれば、その若手は外科医には向いていないといえる、といった気持ちもあります。外科医は患者さんの命を預かるわけですから、この先、もっと強烈なプレッシャーがかかる場面にたくさん遭遇します。赤い線を切るか青い線を切るか、どちらを切るかで爆発するかしないかが決まる……手術では、それくらい追い込まれる状況が訪れるのです。そこまで着々とお膳立てしてきたことが、すべて無駄になるのか、報われるのか。最後の場面では、これまで積み上げた経験、研ぎ澄ませてきた技術と勘をすべて動員して乗り切ります。

 それを考えれば指導医の厳しい言葉なんて序の口です。これを乗り越えられなければ、いずれ見舞われる強烈なプレッシャーには耐えられません。それどころか、そうした場面を迎えることすらできないでしょう。

 外科医を志す若手の多くは、そんなプレッシャーのかかる場面に出くわしてみたいと考えているものです。そこに、やりがいや手応えを感じる若手が、厳しい指導に付いてきて伸びていきます。

 もちろん、厳しい指導が合わずに離れてしまう若手もいます。それはそれで去る者は追いません。そうした若手は、外科医ではなく別の領域で自身の力を発揮できる道が必ずあるからです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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