最期は自宅で迎えたい 知っておきたいこと

小さな問題も徹底して対策する「KAIZEN」プロジェクト

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「KAIZEN」(改善)という言葉があります。主に製造業の生産現場で使われている言葉で、作業効率や安全性の確保を見直す活動のこと。世界でも注目されている言葉です。

 私たち「あけぼの診療所」でも、KAIZENプロジェクトをつくっています。ちょっとしたミスや思い違いから、重大な医療事故につながりかねない事案まで、全職員から上がる全ての報告や情報をプロジェクトメンバーのみが共有。対策を練り、具体的な改善策を見いだしていくのを目的にしています。

 ちなみに委員会の名前ですが、「医療問題改善委員会」などと重い漢字にあえてせず、「KAIZEN」としています。それは、たとえささいな内容でも気軽に報告できることを目指したからです。

 実際に上がってくる報告のほとんどは細かいもの。例えば、院内のコピー機を使用した際にリセットしていないために、次に使用した人が不要な分までコピーをしてしまう問題。これに関しては、ある程度の時間が経ったら、コピー機が自動的に初期設定に戻るように変更することで解決しました。

 また、検査項目の見落としがあったために、患者さんから何度も採血をしなければならなかったという報告に対しては、カルテに採血検査項目をセットで付けるようにしました。これによって見落としがなくなり、患者さんの採血の負担も軽減しました。

 その他にも、患者さんの家の中に持って入る往診用バッグを、汚れる地面には直接置かないことも徹底しました。

「いずれも大した問題じゃないのでは」と思うかもしれません。しかし、「ハインリッヒの法則」というものがあります。1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故が隠れ、さらにその背後には事故寸前だった300件の異常が隠れているという意味。日々、柔軟な対応が求められる在宅医療の現場では、軽微なミスも見過ごせないのです。

「改善」を学ばせてもらった患者さんがいました。72歳の独居女性で、胃がん末期の方です。

 ご本人は1年ほど前まで近くのクリーニング店に元気にお勤めしていましたが、胃がんが判明。発症後は退職し、買い物だけはヘルパー同行で行っていました。しかし、ついに入院となり、その後は在宅医療へ。2人のお子さんはすでに成人。長女には2歳と7歳の女の子のお孫さんがいて、自宅に近い職場にいる長男が時々見舞うという状況でした。

 人見知りする方で、最初は拒否される内容も多かった。しかし、担当の医師とスタッフを固定したり、玄関のカギを入れるキーボックスを設置したり、見失ってはいけない在宅医療関連の薬剤などを冷蔵庫に入れたりするなど、この方が過ごしやすくなるための改善を実施しました。

 その間には念願だったお孫さんとの映画観賞も実現し、在宅医療を開始してから約半年後、ご家族が見守る中、静かに旅立たれていかれました。

 このように患者さんの数だけ改善があるのが在宅医療なのです。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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