最期は自宅で迎えたい 知っておきたいこと

余命1カ月で退院 やりたいことをやり切り充実した半年を過ごした

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 在宅医療は患者さんの生活をまるごと面倒見る医療だと、これまでお伝えしてきました。そのために日頃から私たちスタッフは、患者さんやご家族の思いに寄り添い、コミュニケーションを取るように努めています。

 患者さんやご家族が何を望んでいるのか、そしてその思いに私たちがどこまで応えられるのか。そのことはとりもなおさず在宅医療の持つ可能性そのものを表しているのだと考えています。

 あれはまだ、当院が開院して間もない頃のことです。69歳の急性白血病終末期の男性の在宅医療をサポートすることになりました。

 その方は神職に就いており、娘さんが宮司を継承したばかり。父として引き継ぎを早くしてあげたい、特に忙しくなる年末年始は自宅に帰りたいという思いがありました。

 一方で、これまで境内の掃除に始まり、行事の執り行いを一つ一つ真摯にひとりで奉職されてきたこともあり、余命を告げられた現実を素直に受け入れられず、戸惑いながら、神社の将来のこと、ご家族のことなどに不安を募らせ、感情的になりやすく情緒も不安定になりがちでした。

 私たちは患者さんが自分で移動したり、排泄、食事、入浴といった日常生活動作(ADL)をできるだけ保てるよう、薬の調整や輸血を実施。しかし、そうはいっても、症状が進行すればADLの能力は落ちてきます。「自力で排泄ができなくなったら終わりだ」という、患者さんの衰えていく自分を厭う気持ちや不安に耳を傾け、それらを少しずつ前向きにとらえられるようにお話しし、ポータブルトイレやおむつの提案をしていきました。

 その上で病院との連携を密に実施し、病院の医師の説明と同じ説明をできるようにしました。あらゆる可能性を考え、まさに患者さんだけでなく、ご家族、病院、その他スタッフとの二人三脚で療養を進めていきました。

 このときばかりは在宅医療の総合力を試されたというか、患者の生活をまるごと支えることとはこういうことなのかと、実感したのでした。

 退院時当初は余命1カ月と宣告されていたのですが、実際は6カ月。年末年始をはじめ、2月初午の行事、娘さんの婚約者との顔合わせに続く4月の結婚式の会食、5月の端午の行事と、娘さんに神主の仕事をすべて引き継ぎ、患者さんが当初済ませておきたかった行事やことがらもすべてやり切り、旅立たれて行かれました。

 在宅医療が患者さんの大切な残り少ない生活だけでなく、未来もまるごとお世話することができた。今も強く印象に残っている患者さんです。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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