上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「脂質=油」はわれわれの心臓に大きな影響を与える

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回、日本人の心臓に問題を引き起こす最大の要因になっている「高血圧」についてお話ししました。もちろん、心臓トラブルに関係しているのは血圧だけではなく、近年、注目されているのが「脂質=油」です。

 脂質は大きく「飽和脂肪酸」と「不飽和脂肪酸」に分けられます。飽和脂肪酸は、バターなどの乳製品や肉、ラードといった動物性脂肪、ココナツ油などの熱帯性植物油脂に多く含まれています。一方の不飽和脂肪酸は、構造の違いからさらに「一価不飽和脂肪酸」と「多価不飽和脂肪酸」に分けられ、前者はオリーブオイルや、なたね油(オレイン酸)、後者は植物油(オメガ6系脂肪酸=リノール酸)や青魚(オメガ3系脂肪酸=EPA、DHA)に多く含まれます。

 これらの脂質=脂肪酸が心臓に与える影響について、世界各国でさまざまな研究が報告されています。アメリカ心臓病協会は、「摂取する動物性の飽和脂肪酸を減らし、植物性の多価不飽和脂肪酸を増やすと心血管病の発症や死亡を減らす」として、飽和脂肪酸を多価不飽和脂肪酸に置き換えるよう勧告しています。

 大規模研究によって、飽和脂肪酸は動脈硬化の原因になるLDLコレステロールを増加させ、心臓疾患を起こしやすくする。一方の多価不飽和脂肪酸はLDLコレステロールを減らして動脈硬化や血栓を防いだり、血圧を低下させることがわかったからです。

 また日本の研究では、青魚に多く含まれる多価不飽和脂肪酸(オメガ3系脂肪酸)には心臓を保護する作用があることが報告されています。心臓に存在するマクロファージがオメガ3脂肪酸から生成する脂肪酸代謝物(18-HEPE)によって、心臓の炎症や線維化が抑制され、心機能を改善することがわかったのです。

 ほかにも、オメガ3系脂肪酸は心臓疾患のリスク因子である肥満や、糖尿病に関係するインスリン抵抗性を改善することが知られています。

■中高年はコレステロール管理が大切

 こうした脂質と心臓に関する数々の研究結果はもちろん、私のこれまでの経験からみても、中高年が加齢による心臓疾患を予防または回避するために最も重視してコントロールしたほうがいい危険因子はコレステロールだと考えています。

 コレステロールは体を正常に保つ働きがある重要な脂質ですが、LDLコレステロールが増えすぎると血管の壁に蓄積して動脈硬化の原因になります。動脈硬化は心臓疾患や脳卒中の大きなリスク因子で、突然死を招く危険がアップします。

 日本人のコレステロール値は1980年を過ぎてから急上昇し、2000年ごろから総コレステロールの平均値が欧米の水準以上に高くなっています。もともと、日本人男性はLDLコレステロールが高く、HDLコレステロールが低い傾向にあるため、突然死のリスクが高まっているといえるでしょう。

 コレステロール値が急激に上がり始めた時期は、働き盛りを迎えた中高年世代が生まれた時期に当たります。いまは心臓に問題がなくても、心臓疾患の発症が増える75歳に差しかかるタイミングで、LDLコレステロールが心臓にトラブルを引き起こす可能性が高くなるのです。

 健診などですでに高コレステロールを指摘されている人は、スタチンなどのコレステロール降下薬を使って早めにコントロールすることをおすすめします。まだそこまで数値が高くない場合でも、コレステロール値の上昇を防ぐために生活習慣の改善が大切です。

 中でも、食事に気を付けましょう。冒頭でも紹介しましたが、肉やバターなどの乳製品から摂取している飽和脂肪酸を減らし、オリーブオイルや魚から摂取する不飽和脂肪酸を増やすことで、LDLコレステロールを減少させれば、心臓疾患の予防につながります。

 アメリカで実施された大規模コホート研究の解析では、飽和脂肪酸の摂取量を5%減らし、その分のカロリーを多価不飽和脂肪酸に置き換えると心臓疾患の発症リスクが25%減少しました。また、一価不飽和脂肪酸では15%減少、全粒穀物では9%減少したといいます。全粒穀物というのは、玄米や雑穀といった精製されていない穀物のことです。

 とはいえ、飽和脂肪酸は摂取量が少なすぎると脳卒中を起こすリスクが高くなるとの報告もあり、脂質は適度なバランスで摂取することが重要です。肉や乳製品に偏る食事を魚や野菜類に置き換えて、サラダ用のオイルには植物油を使うように心がけることが食生活改善の第一歩と言えます。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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