上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

血圧の薬を飲んでいる人は冬の入浴でのヒートショックに注意を

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 アッという間に冷え込む気候になり、お風呂が恋しい季節になりました。熱い湯に漬かってじっくり温まりたいという人も多いでしょう。ただ、心臓にトラブルを抱えている人はもちろん、自覚はなくても心臓の機能が低下している人、血圧が高めの人は「ヒートショック」に注意する必要があります。

 毎年、冬になるとよく耳にするようになったヒートショックとは、寒い屋外と暖かい室内との温度差が10度以上になるような急激な温度変化によって血圧の急激な上昇や下降が起こり、心不全や大動脈解離、不整脈、脳卒中といった疾患を引き起こす現象です。入浴はその典型的な現場といえるでしょう。

 寒い脱衣所で衣服を脱ぐと寒冷刺激によって血圧が上昇し、浴槽で熱い湯に漬かるとさらに上がります。体が温まってくると今度は血管が拡張して下降し、再び寒い脱衣所に出ると急上昇します。短時間で急激な血圧の上下動を繰り返すため、心臓や血管に大きな負担がかかり、トラブルを招くのです。新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が解除され、通常営業を再開した飲食店も増えたことで、これから年末年始にかけて外でお酒を飲む機会も増えるでしょう。その際、気を付けなければならないのは、お酒を飲んで気分良くふわふわした状態で夜遅くに帰宅し、早くお風呂に入って寝なければ……といったような場面です。

 アルコールの作用で感覚が鈍っているため、普段より寒暖差が気にならなくなっています。寒い外から帰宅してすぐに衣服を脱ぎ、いつもより熱い湯にいきなり漬かる……。そこで心臓や血管にトラブルが起こるのです。

 また、高血圧で毎日、降圧剤を飲んでいる人も要注意です。最近は朝に1回服用すればいいタイプが増えていますが、薬が効きづらい人や血圧のコントロールがうまくいかない人など、1日2回、朝と夜に飲んでいるケースも少なくありません。古いタイプの降圧剤を好んで処方する開業医もいますから、この場合も夜に服用することになります。

 降圧剤は飲んですぐに効くわけではありません。夕食の後に降圧剤を飲んで、少し一息ついてからお風呂に入ると、一番薬が効いているタイミングで入浴することになります。血圧が最も下がっているところでザブンとお湯に漬かると、体が温まってさらに血圧が急降下します。

 つまり、血圧が下がり過ぎてしまうのです。血圧の急激な上下動でヒートショックを起こしやすくなるのはもちろん、失神して浴室で倒れたり、湯船で溺れてしまったりする危険があります。

 降圧剤の服用と入浴のタイミングによる心臓や血管のトラブルは、高齢で痩せ形の女性に多い印象です。男性は夕食を取る前に入浴する人も少なくありません。一方、女性は食事の後片付けを済ませてからお風呂に入るケースが多いことも影響しているかもしれません。

 いずれにせよ、ヒートショックは単純に言えば血圧の急激な上下動によって起こるトラブルです。ですから、薬による血圧管理という“操作”を行っている人は、健康な人以上に入浴に対して注意する必要があるのです。

■“隠れ弁膜症”の高齢者も危ない

 ほかにもとりわけ高齢者の場合、大動脈弁狭窄症が徐々に進んでいる“隠れ弁膜症”の人はヒートショックに気を付けなければなりません。

 高齢になり、ここ半年くらいは階段の上り下りや、遠くまで出かけたりすることを何となく控えるようになった……といったいわゆる「○○無精」といわれる場面が増えてきた。なおかつ、食事、ファッション、友達付き合いといった自分のライフスタイルに対する興味やアクティビティーが落ちている人は、大動脈弁が劣化してきていて、治療が必要になる“準備段階”に入っているケースが多く見られます。

 そういった高齢者は、少しガマンしながら熱いお湯に漬かり、しゃがんだ状態から立ち上がってお風呂から上がった後、体をふいて、ホッと気持ちが落ち着いた時に血圧がストンと急降下します。ここでヒートショックが起こるのです。

 ヒートショックが起こりやすい隠れ弁膜症がある人は、普段から左心室内の血圧と体の血圧の差が、常に40(㎜Hg)以上ある状態になっている場合がほとんどです。入浴時は左心室内と体、両方の血圧が一時的に揃って上がりますが、再び下がった時にその差が広がります。そこで心臓への血液供給が悪くなり、トラブルを招きます。

 もちろん、心臓疾患の治療を受けている人や、過去に心筋梗塞の既往があるといった心臓の機能が落ちている人も、入浴には注意すべきです。

 次回、さらに入浴と心臓についてお話しします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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