がんと向き合い生きていく

テレワークの普及はがんリスク上昇につながってしまうのではないか

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 先日、かつて一緒に働いていた看護師のAさんにお会いしました。以前と変わらず早口で、よくしゃべります。

 ◇  ◇  ◇

 ね~、聞いて聞いて。うちのダンナ、コロナで会社に行かずに在宅勤務なの。コロナが落ち着いても、ずっと在宅なんだって。

 電車の通勤がなくなって、テレワークなの。家にばかり居てゴロゴロしているから、10キロも太ったのよ。お腹が大きくなって、ズボンも入らなくなったの。ソファに寝そべっているのを見ると、もう粗大ゴミ。

 ダンナは「働き方改革だ。ムダな通勤時間がなくなって効率良く働ける。家はサテライトオフィスだ」なんて、訳の分からないことを言うのよ。この間も、日勤の仕事が終わってスーパーで買い物して、疲れて家に帰ると、ダンナはゴロンと寝転んで、もうウイスキーのグラスを片手にテレビを見ているの。台所には使った食器が洗わずに重ねてあって、「今晩のおかずは何?」なんて聞いてくる。

 もう、腹が立って、「たまにはあなたが夕飯を作ってよ」って言ってやった。息子は3歳なんだけど、ダンナに車のおもちゃを買ってもらったらしくて、ひとりで遊んでいた。息子の保育園の送り迎えだけは助かっているけど、あとは粗大ゴミそのものなの。

 一昨日はね、夕食が終わってから、ダンナが「あまり動かないのは体に悪いから出掛けてくる。電車通勤だ」と言って出掛けたの。私は翌日朝早くから勤務なのに、午前さまで帰ってきて、言うことが振るってるのよ。「居酒屋に電車通勤してきた」だって。もう、バカバカしくて、腹が立って返事もしないで寝ちゃったわ。

 ◇  ◇  ◇

 そして、最後にAさんは言いました。

「息子がね、ダンナと一緒にいる時間が長いから、私よりもダンナの方が好きになってしまったみたい……。そのことも私は気に入らないのよね。私の仕事はテレワークってわけにはいかないから。でも、ダンナはこのまま在宅でいて、この先ろくな課長にもなれない気がするんです」

 私は、ただただAさんの話を聞いていて、何も答えられませんでした。ただ、Aさんが一方的に話をするのは、以前と同じで健在です。

■運動不足で肥満になり…

 テレワークでは、夫がずっと家に居ることで、家庭によってはいろいろな問題が起こるのだなと思いました。

 厚労省は、テレワークを推進するメリットについて次のようなことを挙げています。

「オフィスでの勤務に比べ、働く時間や場所を柔軟に活用できる。通勤時間の短縮や、これに伴う心身の負担の軽減。仕事に集中できる環境での業務の実施により、業務効率化につながり、それに伴う時間外労働が削減できる。育児や介護と仕事の両立の一助となるなど、仕事と生活の調和を図ることが可能となる」

 それはそうなのかもしれません。しかし、私はメリットばかりではないように思います。たとえば、国立がん研究センターがん情報サービスの推計によれば、がん予防のためには「適度な身体活動」「適正体重の維持」「節酒(飲酒する場合には節度のある飲酒を)」「バランスのよい食生活」「禁煙」の5つの生活習慣を挙げています。これで、がんのリスクが男性で約43%、女性で約37%低くなるというのです。

 Aさんの話を聞いていて、毎日の通勤は「適度な身体活動」「適正体重の維持」に役立っているのかもしれないと考えました。むしろ、在宅テレワークを推進することで、運動不足で太ってしまい、がんや心臓病が増えることにならないか心配です。

 テレワークは「育児や介護と仕事の両立の一助となる」とありますが、育児や介護には「自助」ではなく、「共助」「公助」がより大切だと私は思います。

 夫婦で働いている方が多い時代に、次代を担う子供は社会の宝です。介護も家族にお願いするのではなく、もっと社会が面倒を見る必要があるように思うのです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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