「新しいものによる刺激は、学習能力を向上させるだけでなく、記憶力も高める」というユニバーシティー・カレッジ・ロンドンとオットー・フォン・ゲーリケ大学の研究者らの報告(2006年)があります。新しいものを目にすると、われわれは何らかの形で報酬が得られる可能性があると考え、脳が活発化しやすくなります。
逆に、刺激に慣れてしまうと、脳はそれが報酬と結びつかないものと学習し、中脳の活性化につながらない状態に陥ってしまいます。
あの頃は楽しかった、昔に比べると今は面白くない--。人は年を重ねると、どうしても過去を振り返りがちになってしまいます。昔を懐かしむのは、決して悪いことではありません。過去の自分の姿に触発されて、「よしもう一回がんばってみよう!」と、ときに自分自身の背中を押す原動力にもなってくれます。
しかし、昔を懐かしむだけではなかなか活力は生まれません。定期的に新しい刺激を自分に与えるからこそ、脳は輝きを取り戻します。中には、「新しいことを始めると、かえって脳が疲れてしまうのでは?」と考える方もいるかもしれませんが、決してそうではありません。
少し専門的な話になってしまい恐縮ですが、人間の中脳には、黒質/腹側被蓋野(ふくそくひがいや)と呼ばれる領域があります。ここが新しい情報を処理する中枢部となり、新しい刺激に反応する仕組みになっています。
たとえば、先の研究では、被験者に見慣れた景色や人の顔の画像と、なじみのない目新しい画像を見せたところ、後者の方が黒質/腹側被蓋野が活性化したという報告があります。なじみのある画像の方が、安心感もあるため、より敏感に反応しそうなものですが、目新しい画像を見せた方が、脳は刺激を受けたというわけです。
驚くべきは、交通事故といったアクシデント、怒りの表情といったネガティブな感情を強く想起させる画像を見せると、黒質/腹側被蓋野は活性化しなかった点です。つまり、情報や記憶を処理する脳の働きは別。自主的に新しい刺激を注入するからこそ、脳はサビつきづらく、その結果、記憶力の低下を防いでくれるのです。
ただし、新しい刺激といっても、突拍子のないことをする必要はありません。目標の高い刺激ではなく、「半歩先にある新しいことを始める」くらいのハードルの低い刺激がちょうどいいでしょう。ウオーキングが得意という人が、登山をしてみたいからといって、いきなり日本アルプスを登るのは無謀ですよね? 同様に、ステップを飛び越えた新しい刺激やチャレンジは脳が疲れやすくなるだけです。
ウオーキングが好きという人は、低山に登ってみる。韓流ドラマが好きな人は、韓国の旅行本を買ってみる。こういったささいなステップが、脳にとってはサビ止め効果をもたらします。
ゼロから1をつくる必要はありません。すでに好きなAという趣味があるなら、そこから派生したAダッシュで十分。気軽にできそうな「半歩先にある新しいこと」をぜひ見つけてください。
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