現在、当院でもっとも多く行っている日帰り手術が鼠径ヘルニア(脱腸)です。足の付け根と下腹の間(鼠径部)の筋膜が弱って穴が開き、その穴から腹圧に押された腸が出っ張る病気です。手術の目的は、穴を塞ぐことになります。
かつては、糸で穴を縫って縛り、閉じる手術法しかありませんでした。しかし、この方法は再発率が高い。そこで現在は、メッシュと呼ばれる網状の医療用合成繊維で穴を塞ぐ「メッシュ法」が主流となっています。入れたメッシュは一生そのままで、取り出すことはありません。
メッシュ法のネックは、メッシュを広げて敷く十分な面積を確保するために、通常の切開手術では、太ももの付け根部分を3~5センチくらい切開する必要がある点。どうしてもキズとしては大きくなってしまい、もちろん日帰りするにしても苦痛が増えてしまいます。
では、なぜ私たちが鼠径ヘルニアの手術を日帰りでできているのか? それは、腹腔鏡で手術を行っているからです。
鼠径ヘルニアの腹腔鏡下手術(TAPP法)では、3~5ミリの穴を3カ所開け、そのうちの1つの穴から腹腔鏡を入れてカメラでお腹の中を映します。このとき、お腹は二酸化炭素のガスを入れて膨らませています。
外科医は腹腔鏡のカメラで撮った映像をテレビモニターで確認しながら、別の2つの穴から入れた棒状の手術機器を操作し、お腹の中からメッシュで穴を塞ぎます。
前述のように、腹腔鏡手術では3~5ミリの穴しか開けません。切開手術とは比較にならないほど小さなキズで済むため、日帰りが容易となるのですが、それでもメッシュの大きさによっては、腹部のキズが大きくなるという問題がまだありました。
それを私たちはさらに小さなキズでメッシュを挿入できるシステムを発明し、2017年には特許も取得しています。
そんな日帰り手術が年々患者さんにとってより身近になってきているということを、ある60歳代の患者さんが口にした印象深い言葉を聞いて、改めて実感できました。
この患者さんはかつて、腹腔鏡手術とは違う開腹手術を経験された方でした。
「5年前にほかの病院で、左下腹部の切開手術を日帰りで受けたのですが、その帰宅途中から術後1週間は痛みとの闘いでした。そのときの経験から痛みを少しでも軽減したいと思って腹腔鏡手術でお願いしました。おかげで術後1時間半くらいの休みで、安心して帰宅できました。5年前に感じた痛みが嘘のようです」
TAPP法や麻酔薬の進化、そして麻酔科医の技術の向上、手術器具の進化などで、日帰り手術は単に「入院せずに済む」というだけでなく、「ほぼ痛みなし」も実現させています。
「以前日帰り手術でつらい思いをした」「あれなら入院の方がよかった」といったことから日帰り手術を避けている人は、ぜひ最新の日帰り手術がどうなっているのか、日帰り手術を行っている医療機関に聞いてみていただければ、と思います。
手術は日帰りでここまでできる