上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

腎機能が低下している人は腎臓内科医がいる病院で手術を

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 心臓手術を受ける患者さんに、「CKD(慢性腎臓病)」を合併しているケースが増えていることについて前回お話ししました。

 心臓と腎臓は「心腎連関」といわれるくらい深い関係があり、腎機能が悪くなると血圧の管理が難しくなったり、貧血が進むなどして心臓疾患のリスクを高め、心機能が低下すると血流が悪化するなどで腎臓にダメージを与えます。

 また、腎機能が悪くなると、心臓疾患に対する治療薬が使いにくくなることも影響しています。その代表的なものが「DOAC(ドアック)」という直接経口抗凝固薬です。心房細動などで心筋梗塞や脳梗塞の予防のために使う血液をサラサラにする薬です。国内では4種類が発売されていて、それまで主流だったワーファリンに代わって広く使われるようになっています。ただ、腎機能が悪化している場合、出血性の合併症を起こしやすくなるため、注意が必要です。人工透析を含む高度腎機能障害がある人は使用が禁忌とされています。

 ほかにもいくつかの降圧剤は慎重投与となっていて、腎機能が悪い人に対しては投与量をしっかりとコントロールする必要があります。また、近年はあまり使われませんが、強心薬のジギタリスなどは、腎機能が悪化している場合はGFR(糸球体濾過量)を確認しながら、投与量を調整しなければなりません。

 このように心臓の治療で使われる薬が制限されることで、CKDがあると心臓の管理が不十分になり、悪循環に陥ってしまうのです。

■専門医はより細やかな管理ができる

 実際、心臓手術では腎臓にトラブルがある人が増えています。単独の冠動脈バイパス手術だけで見ると、全体の6~7%は人工透析を受けている患者さんです。また、CKDがある患者さんは全体の12~13%を占めています。

 かつては、人工透析患者の手術はしないという医療機関も少なくありませんでした。手術中は、血圧が大きく変化したり、人工心肺装置の使用で出血が多くなり大量輸血が必要になったりしたからです。しかし近年は、すべての腎機能障害例で通常通りに手術が実施されるようになっています。手術中に腎臓を保護して負担を減らしながら、手術を行う方法が進歩してきたためです。

 腎臓の血流低下を招く人工心肺装置は使わずに、オフポンプ手術を選択することは基本です。さらに腎臓に大きな負担がかかる薬はなるべく使わないようにしたり、「CHDF」と呼ばれる特殊な透析装置を使った持続血液濾過透析を行って、腎臓にダメージを及ぼす物質を除去して保護しながら手術を実施します。

 このように腎臓を保護しながら手術を実施する方法が進歩したことで、ステージ2や3のCKDがある患者さんよりも、人工透析の患者さんの心臓手術の方が成績が良いというデータが報告されています。

 手術を受ける患者さんに腎臓トラブルを抱えている人が増えていて、腎臓をしっかり管理しながら手術を行う必要性が高まっている点を考えると、腎機能の低下を指摘されている人が手術を受ける際は、腎臓内科医が在籍している医療機関を選ぶことが大切です。

 手術中にわれわれ外科医が腎臓をコントロールするよりも、腎臓専門医による管理の方がもっときめ細かいといえるからです。術後の深刻な合併症を減らしたり、手術をきっかけに重症化して人工透析に移行してしまうようなケースを防ぐ効果が期待できます。

 当院の場合、人工透析症例の手術では、前もって腎臓内科の専門医が術中に薬を使う管理の方法について指示を出し、それを受けた麻酔科医や臨床技師が、できる限りその通りに腎臓を管理します。その結果、執刀する外科医は手術だけに集中することができるのです。

 手術前から腎機能の低下を指摘されている人が、専門の腎臓内科が設置されていないような地方の病院で大きな手術を受ける場合は、担当医に「自分は腎臓も悪いので、入院中は腎臓内科の先生にも診てもらえますか?」といった質問をしてみるといいでしょう。しっかり対応してもらえるようなら、腎臓の管理をおろそかにしていない施設だと判断できます。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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