夏は血圧が低下する季節です。気温が上昇すると体内にも熱がこもるため、その熱を放散しようと血管が拡張します。また、汗をたくさんかくと血管内の水分と塩分が失われ、血液量が減少します。こうしたことから血圧が下がりやすくなるのです。
血圧というと高血圧ばかりが問題視されますが、低血圧も軽く考えてはいけません。血圧が低いことそのものは、高血圧のようにほかの病気には直接つながりませんが、めまい、立ちくらみ、頭痛、全身の倦怠感といった症状が生じ、失神して命に関わるような大きな事故につながるリスクがあるのです。
低血圧には明確な基準はありませんが、世界保健機関(WHO)によると、安静時「収縮期血圧(上)100㎜/Hg以下/拡張期血圧(下)60㎜/Hg以下」とされています。普段は正常範囲なのに急激に血圧が低下して70以下になると、まず腹痛が起こります。われわれの体は、血圧が下がって血流が少なくなると、優先的に脳、心臓、腎臓に血液を送ろうとします。そのため、ほかの臓器への血流が減って影響が出ます。胃への血流が減ると胃粘膜の保護機構が障害されて腹痛が起こるのです。さらに低血圧が続いて脳への血流が減ると、意識消失を招きます。高齢者は動脈硬化が進んでいる場合が多く血管に弾力性がないため、急激な血圧低下を起こす可能性が高くなるので注意が必要です。
夏場の低血圧では「起立性低血圧」にも気をつけましょう。急な立ち上がりや、長時間立ち続けていることで生じます。
座ったり横になっている状態から立ち上がるとき、重力によって血液が上半身から下半身に移動してたまります。それによって全身から心臓に戻る血液量が一時的に減り、心拍出量が低下して血圧も下がります。このとき、通常であれば交感神経が働いて血管を収縮させ、速やかに血圧を正常化します。しかし、人工透析や糖尿病の患者さんは、交感神経がうまく働かなくなっているため、血圧が下がったままの状態になってしまいます。座ったり寝ているときに比べ、立ち上がったときの血圧がストンと下がるのです。
■心臓が止まってしまう危険も
また、エキサイトしやすく頻繁に怒りを爆発させてストレスを抱えていて血圧が上がりやすい人、高血圧の中でも拡張期血圧が高い人に関しては、年をとるとともに寝ているときと立ち上がったときの血圧の差が大きくなる傾向があります。ですから、たとえば夜中に目覚めてトイレに行く際などに、血圧が一気に下がってフラッとして暗い中で転倒して頭を打ち、事故につながる危険があるので要注意です。
起立性低血圧が起こった場合でいちばん危険なのは、基礎疾患として大動脈弁狭窄症があったり、心房細動性の徐脈(1分間の脈拍が60回未満になる)がある人です。急に血圧が低下するとさらに脈拍が減るため、ショック状態になって心臓が止まる危険があるのです。
心臓の反射の中に、心房に入る血液量が増えると心拍数を増加させて心房内の血液を早く動脈内に押し込もうとする「ベインブリッジ反射」というものがあります。これにより血管内の血液量が減ると脈拍数を落とすので、血圧低下が助長されます。その反射が極端になりやすい人は、そうしたトラブルが生じやすいといえます。普通ならば血圧が急に低下しても血の気が引いたくらいの状態で済むのですが、それらに該当する人はそのまま意識を失ってしまうとか、心臓が止まってしまうといった状況を招くリスクがあるのです。
ほかにも、女性で生理が重い人、運動習慣があって汗をたくさんかくのに水分補給が少ない人など、循環血液量が変化する要因がある場合は起立性低血圧に注意したほうがいいでしょう。また、高齢者の骨格筋量が減少し、筋力もしくは歩行速度などの身体機能が低下する「サルコペニア」の人は、水分貯蔵庫である筋肉の量が減っているため、脱水や熱中症リスクが高くなります。サルコペニアの人は脱水や熱中症になると、脳保護のために血圧が一時的にバーンと上がります。その状態で急に立ち上がると、今度は血圧が一気に下がるため、そのまま意識を失って命を失うといった事態が起こりかねません。さらに日本人は、サルコペニアの人も含めて処方されている降圧剤をきちんと飲む人がほとんどです。そのため、ただでさえ血圧が下がる夏は降圧剤が効きすぎて血圧がさらに下がりやすくなる恐れがあります。
糖尿病や高血圧などの基礎疾患がある人、心臓や腎臓の異常を指摘されている人、高齢者で筋肉量が落ちている人などは、1日の水分摂取が少ないなと感じたらしっかり補給したうえで、横になっている姿勢から急に立ち上がることは避けるよう意識しましょう。
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