上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

PAD(末梢動脈疾患)の治療は最初から「足の専門科」で受けたい

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 近年、「PAD(末梢動脈疾患)」と呼ばれる疾患が注目されています。足の血管に生じた動脈硬化によって血管が細くなり、足に十分な血液が流れなくなることで発症する病気です。はじめは歩行時の足のしびれや痛み、冷感などの症状が現れ、進行すると休みながらでなければ歩けない「間欠性跛行」が起こったり、安静時でも痛みが生じるようになります。さらに悪化すると、足に潰瘍が出来たり、壊死から切断に至る場合もある深刻な病気です。

 治療は主に4つの方法が行われます。薬物療法、理学療法、血管内治療、外科手術です。PADは足以外の全身にも動脈硬化が進行しているケースが多いので、まずは動脈硬化の原因になっている高血圧、糖尿病、高脂血症といった生活習慣病の管理を徹底します。禁煙や食生活を改善しつつ、抗血小板薬、血管拡張薬、抗凝固薬などを組み合わせ、血液の流れが悪くなっている虚血症状を改善します。

 また、理学療法=運動療法は、医師の指導の下で速歩や軽いジョギングなどを行い、側副血行路(血流の迂回路)を発達させて血流を増加させる治療です。ただ、動脈硬化が進行していて血管が枯れ枝状になった下肢循環障害がある場合は、それほど有効ではないのが現状です。

 そのような場合、狭くなっている血管を広げる血管内治療=カテーテル治療が行われます。太ももの付け根などからバルーンの付いたカテーテルを挿入し、狭くなっている部分で膨らませて血管を押し広げたり、網状になったステント(金属製の筒)を血管内に留置して血流を確保する方法です。

 さらに、血管の状態によってはバイパス手術が検討されます。人工血管や患者さんの静脈を使って、血液の迂回路=バイパスを作り、狭くなったり詰まっている血管を通らなくても動脈の先に血液が流れるようにする手術です。

 薬物療法以外の血行を再建する外科治療では、いまはカテーテル治療が主流になっています。傷口が小さく済んで負担も少ないため、患者さんにとってハードルがそれほど高くないからです。

 ただ、カテーテル治療が有効なのは主にひざの上の血管に対してです。ひざの下の血管では、再発したり、術後にトラブルが生じるリスクが高くなってしまいます。

 かといって、カテーテル治療が難しい場所に対してバイパス手術を行った場合、もしもうまくいかなかったときは切断に至ってしまうケースが少なくありません。そのため、施設によって血管外科の“やる気”に差があるのが現状です。仮に他に方法がなく最善を尽くしてバイパス手術をしても改善せずに切断となってしまうという終末期を患者さんと共有している施設ではバイパス手術を積極的に検討しますが、自分たちの手術がその一因になってしまう事態を避けたいと考えている血管外科は消極的になります。

 しかも、重症な下肢虚血は、末期糖尿病や糖尿病性腎症で人工透析を受けている患者さんに多く見られるため、もともと体全体のコンディションが悪く、バイパス用に使う静脈も状態が悪いケースがほとんどです。最近は人工血管の質が非常に高くなっているので、以前ほどバイパス血管の採取に苦労することは少なくなりましたが、依然としてハードルは高いといえるでしょう。

■再生医療をはじめ幅広い治療に対応

 そこで近年、糖尿病による壊疽や人工透析患者の下肢虚血に対しては、形成外科で再生医療を実施する施設が増えてきています。たとえば、患者さんの骨髄血や末梢血から血球分離装置を用いて血管をつくる細胞=単核球だけを採取し、虚血がある下肢の筋肉に一定間隔で注射して単核球を移植し、血管を新生させる方法があります。

 こうした再生医療を含めたPADの治療に関しては、足を専門に診る診療科が設置されている医療機関を選ぶことをおすすめします。順天堂医院でも、4年前から「足の疾患センター」を設置して、血管外科、形成外科、皮膚科、整形外科、循環器内科、糖尿病内科、腎臓内科、リハビリテーション科から足病疾患治療の専門医が集まり、協力して治療に当たる体制を整えました。このような「足のクリニック」とか「フットケア」といったキーワードを掲げた足の専門科を受診すれば、再生医療など最新の治療を検討してくれたり、バイパス手術の成功率が高い施設を紹介してもらえるなど、足に関する幅広い医療を受けることができるのです。

 米国では、以前から「足病医(ポダイアトリスト)」と呼ばれる足に特化した専門医が存在します。イギリス、イタリア、フランス、ドイツなどの欧州各国にも同様の足専門医がいます。PADをはじめとした足の疾患が増えている日本でも、旗艦的な医療機関にとって足病医の育成は重要な責務といえるでしょう。

 血管病だけでなく足の疾患で悩んでいる方は、将来的な他の足病を管理してもらう点からも、最初から足の専門医に診てもらうことをおすすめします。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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