上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓トラブルがある人は「熱中症」が重症になりやすい

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 お盆を過ぎてもまだまだ暑い日が続いています。引き続き「熱中症」への警戒が必要です。とりわけ心臓にトラブルを抱えている人は、健康な人よりも注意しなければなりません。

 熱中症とは、気温と湿度が高い環境下で、体内の水分や塩分が失われたり、体温の調節機能が利かなくなることで体温が異常に上昇し、めまい、吐き気、頭痛、けいれん、意識消失といった症状が現れる病態を指します。症状によりⅠ~Ⅲ度に分類され、Ⅲ度=重症になると入院加療が必要です。重症では体温が40度以上に上昇し、昏睡状態を招きます。脳や心臓といった臓器の細胞は熱に弱いためショック状態になり、循環不全や急性腎障害、多臓器不全を起こして死に至るケースがあるのです。

 心臓にトラブルがある人は、熱中症になってしまったときに重症化するリスクが高い条件が揃っているといえます。

 そもそも熱中症で重症化する人は、もともと脱水に傾く体質があったり、体に備わっている体温などの調節機能が衰えている場合がほとんどです。ですから、心臓疾患で心不全の予防を目的として利尿剤を服用していたり、糖尿病のように自律神経障害を来しやすい疾患があると、気付かないうちに熱による体液喪失の過剰状態を起こしてしまいます。また、脳血管疾患による麻痺が残って活動制限があると、十分な水分補給が出来なくて脱水状態に傾くのです。

 たとえば、心筋梗塞で心機能低下がある人は、熱中症による脱水から心不全を引き起こします。しかもこのような心不全では、急性腎障害を起こして腎不全を招く傾向が強くなります。脱水になると全身の血液量が少なくなるため、腎臓に流れてくる血液量も低下するからです。加えて心不全で心臓のポンプ機能が落ちると血液循環が悪くなり、やはり腎臓の血流が低下します。そうしたことから多臓器不全に陥り、最悪の場合、命を落とすこともあるのです。

■生活習慣病の薬を使っている人も注意

 次に、高血圧、糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病があり、その管理のために複数の薬を服用している人、その次にステロイドを含む消炎鎮痛剤や利尿薬を常用している人は、熱中症が重症化するリスクが高いといえます。熱中症による脱水と異常な体温上昇は、そうした薬の作用が悪いほうへ効きすぎてしまったり、それぞれにある副作用を生じやすくさせるのです。

 たとえば、普段から降圧剤で血圧を管理している人が発熱したときに服用すると、過剰投与した状態と同じように薬が効きすぎてしまい、急激に血圧が低下してショック状態になるケースがあります。血圧が一気に下がると、脈拍が減ってそのまま意識を失ったり、心臓が止まってしまう場合もあります。熱中症で体温が異常に上昇している状況でも、降圧剤の服用で同じことが起こる危険があるのです。

 また、糖尿病で血糖を下げる薬を使っている人では、熱中症の脱水や体温上昇によって薬が効きすぎると低血糖を起こします。血糖が30㎎/デシリットル以下になると、けいれんや昏睡状態に陥り、治療が遅れれば命に関わります。ほかにも、低血糖によって、狭心症、心筋梗塞、不整脈といった心臓疾患を発症したり、悪化するケースも報告されています。

 逆に、脱水や体温の異常上昇によって薬の効きが悪くなるほうへ作用すると、急激な高血糖を来す「ケトアシドーシス」につながる危険もあります。脱水による喉の渇き、血圧低下、頻脈、吐き気、倦怠感などが生じ、悪化すると呼吸困難や意識障害などが起こり、そのまま腎不全を招くケースもある深刻な病態です。

 こうしたリスクを考えても、糖尿病あるいは糖尿病をベースとした心臓疾患があって薬を使っている人は、とりわけ熱中症に注意が必要といえます。

 熱中症で怖いのは、脱水と体温上昇によって起こる循環不全と急性腎臓障害です。体温が異常に上昇していることに気づかずに尿が出ない状態が長く続けば、その時点で腎不全が始まっているということです。心臓疾患などのトラブルがあったり、生活習慣病や慢性疾患の薬を日頃から服用している人は、熱中症になったときにそうなるリスクが高く、循環不全を起こして血圧が急激に低下した時点で腎臓が機能しなくなるケースもあります。

 そうした高リスクの人が命を守るためには、まずは熱中症にならないことが何よりも大切です。次回、熱中症の予防策について詳しくお話しします。

■本コラム書籍化第2弾「若さは心臓から築く」(講談社ビーシー)発売中

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事