がん治療最前線

保健適用が拡大された「陽子線治療」の実力 効果が高く副作用が少ない

南東北がん陽子線治療センターの陽子線治療照射室
南東北がん陽子線治療センターの陽子線治療照射室(提供写真)

 一般的に、「外科手術」「抗がん剤などの化学療法」「放射線治療」が、がんの3大療法とされている。中でも近年注目されているのが、放射線治療のひとつ「陽子線治療」だ。これまでは、小児がん、前立腺がん、頭頸部がん、骨軟部腫瘍といったごく一部のがんにしか保険治療が認められていなかったが、2022年4月から新たな4疾患に対して適用が拡大された。「南東北がん陽子線治療センター」(福島県郡山市)の村上昌雄センター長に詳しく聞いた。

 がんの標準治療のひとつである放射線治療は「X線治療」と「粒子線治療」に分けられる。粒子線治療は、さらに「重粒子線治療」と「陽子線治療」があり、とりわけ陽子線はメリットが大きいという。

「陽子線は、最も軽い元素である水素の原子核を光の速度の7~8割くらいまで加速してエネルギーを高めたものです。人体に照射すると、エネルギーを減らしながら体の中を進んでいき、消滅する寸前に放射線量が最大になる『ブラッグ・ピーク』という性質があります。陽子線治療はこの性質を利用したもので、消滅する寸前の場所にがん(腫瘍)を合わせることで、がんのDNAを破壊します。また、陽子線はブラッグ・ピーク後は停止するため、がんの後方にある正常組織には照射されません。陽子線治療は、がんにはより多い線量を照射でき、正常組織には最小限の線量しか当たらない。治療の効果が高く、副作用が少ないという大きなメリットがあるのです」

 従来の放射線治療で使われるX線は、放射線量が最大なのは体の表面近くで、体内を進むにつれて減少する。そのため、体の奥深いところにがんがある場合は一方向の照射だけでは治療が成り立たない。また、がんに到達する前も通過した後も正常組織にダメージを与えてしまうので副作用のリスクが高くなるという弱点がある。

 冒頭でも触れたように、陽子線治療は2022年4月から保険適用が拡大された。加わったのは①肝細胞がん(長径4センチ以上のもの)、②肝内胆管がん(手術できないもの)、③局所進行性膵がん(同)、④局所大腸がん(手術後に再発したもの)の4疾患で、X線などほかの治療と比べて有効性と安全性のメリットが大きいと認められたからだという。

■膵がんで生存率が2倍に

「たとえば手術できない局所進行性膵がん(ステージ3)では、標準治療とされる抗がん剤の単独療法における生存期間の中央値はおよそ10カ月です。それが陽子線治療では約20カ月、平均的な生存率が2倍に延びることがわかっています」

 膵がんの場合、手術でがんを切除できるなら、その方が生存率が延びるとされている。

「膵臓は胃の裏側に位置していて、十二指腸などの消化管が近い場所にあります。それらの消化管に高線量の陽子線を照射すると、潰瘍ができたり臓器に穴が開いてしまうリスクがあるため、線量を控えなければなりません。そのため手術でがんを切除できるなら、そちらを選択した方がよいとされています。当初は手術できないとされた患者さんが陽子線治療を受けた後にがんが縮小したことで、手術を受けられるようになったケースもあります。ただし、手術できなくても、陽子線治療により5年以上生存する膵がんの患者さんが何人もいらっしゃいます。画期的な成果です」

 肝臓がんは手術ではなく、陽子線治療で十分に回復が見込めるという。

「今回、肝臓がんは4センチ以上のものが保険適用になりました。がんの大きさが7センチや10センチあって手術できない患者さんが含まれているグループで、腫瘍に栄養を送る血管を塞ぐ塞栓療法と比較し、陽子線治療の方が予後が良いことが示され保険適用が認められたのです。4センチ未満の小さな肝臓がんに対しては、いまは先進医療として陽子線治療を実施していますが、成績について手術との比較が行われています。その結果から、われわれ陽子線治療を行っている医師の多くは、肝臓がんに手術は必要ないと考えています」

 陽子線をはじめとした放射線治療の進歩により、これまでのような「手術できないから仕方なく放射線治療を受ける……」という発想は、なくなっているのだ。

「いま保険適用されているがんだけでなく、肺がん、食道がん、舌がんをはじめとする口腔内の扁平上皮がんなども、抗がん剤との併用療法を含めて保険適用のための臨床試験が進んでいます。今後はより多くのがんで、手術が第一選択ではなく、最初から陽子線治療を受けるという時代になってくるでしょう」

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