「BSC」とは患者が自分らしく生きていく療養生活の始まり

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 在宅医療とは何かと問われれば、それは「慣れ親しんだわが家で治療を受けたい。最期を迎えたい」という患者さんの思いに応えるための医療だと言えます。病状も生活環境も違う、多様な患者さんの要望や気持ちにできるだけ寄り添う医療でもあります。

 病院からがんの患者さんの紹介があった時に「ご本人・ご家族と相談し、BSCの方針です」と言われることがあります。

 この「BSC」とはベスト・サポーティブ・ケア(Best Supportive Care)の略。効果的な対処が残されていない場合などに、積極的な治療は行わず、症状緩和の治療を行い、患者さんのQOL(生活の質)の維持に専念することを意味します。在宅医療においては、患者さんとご家族にとってテーラーメードな療養生活を支えながら取り組む医療の始まりです。

 以前こんな患者さんがいました。

 その方は85歳になる胆のうがんを患う奥さまで、すでに長男と次男は独立されていて、旦那さんと一番下の息子さんと3人で暮らしていました。入院中は化学療法を行っていましたが、ある時からこれ以上の治療はやめようとなり、最期の時間は一日でも長く家にいたいとのことで、ご本人が家族と相談し「在宅医療」に切り替え、冒頭の「BSCの方針」になったのでした。

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病院での積極的な対処は終了しても医療のゴールではない

 退院当初は、比較的ご本人は泰然自若として、なにも慌てることなく構えていらっしゃいましたが、ご本人とは別に、旦那さんが奥さまへのいたわりの気持ちの高ぶりから、痛みを取ってあげたいなどと大変心配され、右往左往されていました。

 でもふたを開けてみると、奥さまは家事も全部できる。本当にそんなに先が短いのか? 医師から説明されていることや、奥さまやご家族が持つ終末期のイメージとのギャップを持ちながら、在宅医療が始まりました。

 しかし、それからおよそ3カ月後に奥さまは旅立たれました。数日前まで自分ができる家事をこなし、家族との時間を過ごされました。薬によって痛みのコントロールができていたので、歩いたり着替えたりトイレに行ったりといった日常生活を送る上で欠かせない基本的な動作は自らでき、最期まで苦しまずに生活を送られたのです。

 その後しばらくして、旦那さまから届いたお手紙をご紹介します。

「妻の末期医療において、貴院のスタッフ、先生にはお世話になり深く感謝申し上げます。小生、正気に戻るのにひと月もかかってしまい、昨日息子から、四十九日も納骨の手配も万事終えたので、喪主としてしゃんとしてくれ、と言われ自らに檄を飛ばしてようやく覚醒した次第です。妻が余命1年と宣告された直後に小生に向かって、優しい笑みを浮かべながら『85歳まで生きたのだから、これでいいわ』と言ったことが強がりでなく、本音であったことを、先生やスタッフの皆さんと交わす会話の中で見せたほほ笑みで確証しました。その笑みに私がどれほど救われ、そして冷静さを保つことに役立ったかとても言い尽くせません。改めて御礼申し上げます」

 たとえ病院での積極的な対処が終了しても、それは医療のゴールではありません。その人らしく暮らしていくための支えは最期まで必要なはず。在宅医療がそんな支えになることを目指しています。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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